第749回例会 冨田主計氏(三河国総社 宮氏)「三河国総社と三河国府について」

開催日時 平成19年3月16日(金)
開催場所 西尾信用金庫 2F
合唱曲 「それでこそロータリー」
卓話者三河国総社 宮司 冨田主計氏
お客様なし
司会進行大山勝男君

会長挨拶

 今朝程はやっと東京に初雪が降ったと。何十年ぶりかの一番遅い初雪という事で、昭和35年2月10日以来の遅いという事で色んな意味で大きな変化かなと感じられます。季節はどんどん移ってきまして3月13日が奈良の東大寺の2月堂のお水取りという事で修二会という行事の一環であると。基本的にはこの東大寺の修二会というのは1日から14日くらい迄2月堂の本尊である十一面観音に自らの罪を懺悔して天下太平、万民快楽、五穀豊穣を願うお祭りだそうです。特にテレビではお松明を僧侶が持ってその火の粉を浴びると無病息災があるという事でみなさんが集まって火の粉を浴びる光景が映し出されます。季節は変わって来ます。会長になりまして色んな話をするのにあちらこちらと勉強しながら会長挨拶をしておる訳ですが、日頃何気なくテレビで見ておる事が奥深い話があるなと感じました。

 皆さんこんにちは。本日はプログラムの伊藤君のご紹介で豊川の方の三河国総社、宮司であらせられます冨田主計先生です。よろしくお願い致します。詳しい説明は後程伊藤君の方からご紹介頂けるかと思いますけど、先程スマイルにも書かせて頂きましたが、昨今易学の本を見ながら色々勉強しておりますと天皇の事やら色んな事が出て来ます。そんな勉強しておる最中に神のおぼしめしなのか伊藤君が冨田先生をお連れ下さった。私もこの愛知の中にいまして東三河ですけど同じ三河の豊川の中にこんな物があったと。豊川といえば豊川稲荷しかピンとこなかった訳で、たまたま電機業界の周年行事が豊川でありまして挨拶をするのに豊川の街を少し調べましたらこういう物があると知りまして、由緒ある所なんだと気が付いたとたんこういう出会いがあったと。本当に偶然といいますか神のおぼしめしなのか、今日はお話を本当に楽しみにしております。
 そんな中今日は10時にほりえもんが2年6ヶ月の実刑を受けたという事です。時代の寵児と言われましたが実刑判決、ただ本人は控訴すると言っておりますが、これもまた長引いた裁判になるだろうと思います。
 そして今朝程はやっと東京に初雪が降ったと。何十年ぶりかの一番遅い初雪という事で、昭和35年2月10日以来の遅いという事で色んな意味で大きな変化かなと感じられます。季節はどんどん移ってきまして3月13日が奈良の東大寺の2月堂のお水取りという事で修二会という行事の一環であると。基本的にはこの東大寺の修二会というのは1日から14日くらい迄2月堂の本尊である十一面観音に自らの罪を懺悔して天下太平、万民快楽、五穀豊穣を願うお祭りだそうです。特にテレビではお松明を僧侶が持ってその火の粉を浴びると無病息災があるという事でみなさんが集まって火の粉を浴びる光景が映し出されます。
 季節は変わって来ます。会長になりまして色んな話をするのにあちらこちらと勉強しながら会長挨拶をしておる訳ですが、日頃何気なくテレビで見ておる事が奥深い話があるなと感じました。

出席報告
会員総数 免除・休会・病欠 ・海外 計算会員数 出席数 MU数 欠席数 暫定出席率 修正出席率
58 58 41   17 70.69  

スマイル委員会報告

大高会長:今日はゲストで三河国総社の宮氏、冨田主計先生にお越し頂きました。天皇にまつわる歴史等の話を楽しみにしています。
宮地幹事:富田先生、神社のお話とても楽しみにしています。
磯貝宗総一郎君:次男坊が大学に合格しました。仕送りが増え家は寂しくなり、嬉しいような悲しいような心境です。
榊原清太郎君:先日独立する前に務めていた会社の同僚3人で35年ぶりに1泊で伊良湖に行きました。同期入社の二人共若々しく第二の職業で張り切っていました。私もがんばりたいと思います。
以上4件のスマイルがありました。

大高会長:今日はゲストで三河国総社の宮氏、冨田主計先生にお越し頂きました。天皇にまつわる歴史等の話を楽しみにしています。
宮地幹事:富田先生、神社のお話とても楽しみにしています。
磯貝宗総一郎君:次男坊が大学に合格しました。仕送りが増え家は寂しくなり、嬉しいような悲しいような心境です。
榊原清太郎君:先日独立する前に務めていた会社の同僚3人で35年ぶりに1泊で伊良湖に行きました。同期入社の二人共若々しく第二の職業で張り切っていました。私もがんばりたいと思います。
以上4件のスマイルがありました。

卓話

「三河国総社と三河国府について」(三河国総社 宮氏 冨田主計氏)

 丁度私が三河国総社の宮司を背面しましてから32年が経ちました。大学は南山大学でした。キリスト教の大学へ神主の息子が行ったという事で親父が殆ど勘当くらいの気持ちでいたと思います。入学金は出すが学費は出さないという事で奨学金を頂いてアルバイトをやりながらとにかく忙しく4年間を過ごし英語の教員になりました。英語さえやれば親父が神主をやれと言わないだろうと思ったのですが、それがどういう訳か教員で母校の国府高校へ赴任をしました。その時28歳でしたが親父が非常に優しく折れてきまして、神主の家に生まれて来たのにも関わらず日本の習慣や文化・伝統について何も話して来なかった。その日本の文化・伝統を勉強する良い機会があるからちょっと行ってみないか、国学院大学で1ヶ月半缶詰だけれど日本の文化・宗教・歴史も勉強出来て更に神主の資格も取れると言われまして、正式に資格を取ったのが29歳の時でした。その1年後親父が突然他界しました。親父は当時私が資格を取ったのは後で知りますが回りに言いふらしていたようです。嬉しくて。親父というのは息子の事でこんなに喜ぶのかと初めて知り、反抗してきて悪かったなとその時思いました。ちょっと遅すぎましたけれど。それから33年目になります。
 西尾で何か縁がないかなと思っておりましたら実は色々と縁がありまして、実は親戚が西尾にいるんです。子供の頃遊びに来た事があります。また今年市議会議院に当選した松崎さん。教育センターで一緒でして新聞で見つけた時にはびっくりしました。またこのキララロータリークラブのキララというのが雲母だとお聞きしまして、この雲母は三河の特産品なんですね。昔は装飾品等に使われたようでして天皇に献上しておったという記録が残っております。この三河というのが非常に身近に感じられて英語を勉強してアメリカで生活したい、ヨーロッパを駆け巡って仕事をしたいと思った時期もありましたが、そんな外側を向いていた目が内側を向いてきました。足元を見なければならないとつくづく思います。
 もともと三河というのは西三河をいいました。大和時代の前でありますが東三河は穂の国といいました。豊川流域を穂の国と言って三河は矢作川流域を言いました。尾張は木曽川と庄内川の流域を言いました。大和政権の時に穂の国と三河が一つになります。穂の国が三河に併合されたのにも関わらず三河の国の中心は東三河に出来るんです。720年には当時の天皇が三河行幸をしております。また国府が出来て国司が京都からの通達等を持って国内を1年に2度見て回るんですが200年~300年は真面目にそれをやっておったようです。ただ危険を伴いますのでそれを省略する、簡便にしようという事で各神社からお札を持って来いとなりましてそれが総社のはじまりです。総社は大体9世紀前半~11世紀後半の200年くらいの間に出来たようです。このように日本の歴史を見ていきますと何が大変かといいますと物が残っていないという事です。私達の古い生活が今に残っておる物は地名や私達の生活の仕方でしか昔の事を推測する手だてがないという。そういう生活を日本人はしてきたんですね。そして自然の恵みを受け木の芽や山菜等を採って食べるもの縄文時代の生活がそのまま受け継がれてきた事によると思われます。同じ土地を耕し家が壊れたら新しくする。同じ土地で生活を営み1万年前からの生活を残している。こうした習慣を残しておるのが神社です。今に生きる遺跡が神社だと言われております。私達は毎日感謝をしながら日にちを過ごす。毎日口にする祝詞には自然に対する感謝の言葉が詰まっています。それが戦後個人の欲望、願い、さい銭で願い事を買い取る様な意識が強くなってきた様に思います。毎日感謝の生活を送っておったのが日本人です。守っていくべき物を努力して守る時代が来たなと思います。それは我々のプライドだと思うんです。プライドを持って守るべき物、他の文明とは違う日本の文明こそが我々の生きる価値であると思います。グローバルな視野でローカルに考えて、そしてローカルな目で世界的に活動する様にという事を最近は思っております。前後不覚でまとまりのない話になってしまいました。何が言いたかったのかなと思われた方は資料をお読み頂ければと思います。ありがとうございました。

2007年  Intercity Meeting

2006~2007年度 国際ロータリー第730地区 西三河分区
日時 3月17日(土)14:00~
場所 知立セントピアホテル
テーマ 「会員増強と女性会員」


詳細はホームページをご覧下さい。 [http://kirara-rc.jp/kaihou.php]