第1044回  「伊文神社の沿革」 

開催日時 平成25年7月12日(金)12:30~13:30
開催場所 西尾信用金庫中央支店2階
合唱曲 我等の生業
卓話者伊文神社 宮司 新家正比古氏
ビジター西尾一色RC 近藤清隆君
お客様
司会進行太高純治君

会長挨拶

この所とても暑いですが、日曜日にこの暑さの中でテニスを死にそうと言いながら物好きにもやってまいりました。
 先日、私と長谷君とでロータリー財団のセミナーへ名古屋迄行って参りました。パストガバナー 江崎柳節がロータリー財団地域コーディネーター、ロータリー財団未来の夢トレーニングリーダーというお立場で財団に関するお話を頂きました。その後パネルディスカッションで財団の資金の集め方と使い方について話し合い職業研修チームのプロジェクトの話やポリオ・プラス、またロータリーカードの入会についての話を伺いました。当クラブでは3人入会をされているそうです。カードで使われた0.3%がロータリー財団に組み込まれるという事です。スタンダードカードなら会費は要りませんので是非入会をして頂ければと思います。また大口寄付の話もされました。財団の話の中でVTT、DDF、WF、RRFC。ローマ字の省略形の色んな言葉が出て参りましてついていけないなと率直な感想でした。

出席報告
会員総数 免除・休会・病欠 ・海外 計算会員数 出席数 MU数 欠席数 暫定出席率 修正出席率
58 5 53 45 8 8 84.91 100.00

スマイル委員会報告

【鈴木 正司 会長】今日は西尾の神様のお使いの方にお越し頂きます。西尾祇園祭の前日でグッドタイミングですね。
【長谷 収一 幹事】今日から西尾祇園祭です。明日の大名行列に参加の会員有志のみなさん頑張ってください。大いに盛り上げましょう。
【西尾一色RC 近藤 清隆君】西尾一色ロータリークラブから初めてキララロータリーへ来させてもらいました。西尾市倫理法人会の講演会のご案内をさせていただきますので宜しくお願いします。
【大山 勝男 君】ハワイに行った時にデジカメで移した写真です。後に展示してありますので一度見てやってください。
【大山 勝男 君】昨年のスマイルボックス委員会からKIRARAユニークスマイル賞を頂きました。素敵な電波時計です。大事に使わせていただきます。有り難うございました。
【大高 敏睦 君】いよいよ祝賀会が来週の16日の火曜日です。皆様に貴重なお時間を頂き大変お世話になります。宜しくお願いします!!
【二宮 誠二 君】新プログラム委員長の二宮です。1年間お願いします。新家宮司さん本日の卓話よろしくお願いします。12月以降卓話の講師をご紹介下さい。空きがたくさんあります。
【柴川 和義 君】暑い夏がやってきました。伊文神社新家さんに塩まつり宜しくお願い致します。吾妻町の獅子舞も復活35年です。子供たちに今年も2週間練習を教えました。元気欲1日頑張れます様よろしくお願いいたします。
【三浦 隆司 君】近藤さんようこそKIRARAへ。五日市つよしさんの「ツキを呼ぶ魔法の言葉」楽しみに聴きに行きます。
【堀田 義之 君】地理研で熊野古道に行ってきました。一句 「汗をかき 仲間と歩く 峠越え(松本峠)
【米津 長治 君】ドイツから帰国しました。いいところでした。

卓話

「伊文神社の沿革」 (伊文神社 宮司 新家正比古氏)


卓話前のDVDでの新家宮司

新家宮司を紹介する二宮誠二プログラム委員長

今日はスーツでお出での卓話は新家正比古氏

伊文神社の沿革について熱弁される。

謝辞をのべる鈴木会長

新家宮司にお礼のお茶を渡す会長
箇条書きにスサノオノミコト、牛頭天王、祇園精舎と書いてあります。このスサノオノミコトという神様は伊文神社の主祭神です。もちろん伊文神社だけではありません。西尾市内、全国沢山奉られております。このスサノオノミコトは天照大神の弟神様であられます。良くご存知なのは八岐大蛇の退治ではないでしょうか。その尾を切った時に剣が出てきた。それが天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)別名草薙の剣(くさなぎのつるぎ)とも言います。天皇が天皇の地位についている為にその印として持つ武器が三種の神器で、その一つです。今は熱田神宮に大切に保管されています。
 牛頭天王はインドの神様で仏教系の神様です。祇園精舎はインドで仏様の為に造られた寺院です。仏教徒が集まりますのでとても賑わう所です。その祇園精舎の守り神として奉られたのが牛頭天王です。また神仏習合とありますが神道と仏教を同一視してしまう事で、日本に仏教が定着してから明治になる迄ずっとその思想でした。明治になり政府が国家神道にすると決めた時に一国の教えとする宗教が他の宗教と混ざっているのはまずいとなり、神仏分離という政府の指示が出ました。そうなる迄の間は神仏習合でした。その典型的なのが日本のお稲荷さん。これはインドの荼枳尼天(だきにてん)という神様であったり、このスサノオノミコトは元を正せば牛頭天王であった。このスサノオノミコトを御奉りしたお宮を天王社と呼ばれる場合が多いです。またスサノオノミコトは疫病除けにご利益のある神様で疫病退散の為にお祭りをされている場合が多いです。京都の八坂神社の祇園祭も疫病退散の為のお祭りです。天王町の名前もここから来ております。
 伊文神社の歴史ですが今から1150年から1160年位昔にさかのぼります。文徳天皇の皇子八條院宮が三河国渥美郡伊川津の地に13年御住まいになった。その御住まいになられて御屋敷の東に天王社、西に八幡社を御奉りした。その御屋敷の守り神としてです。そして縁有りて西尾へ御移りになる。その折天王社、八幡社も移された。八幡社は今の山下町の東八幡山辺りに最初は奉られたそうです。伊文神社の元になる天王社は今の宮町辺りに最初は奉られた。あの辺りから神社の一帯をイモという地名で呼ばれていたそうです。今の神社を北側から見ますとお宮が高くなっていますので、今の神社のある場所に移されました。ちょっと小高い山という事で伊文山(いもやま)と呼ばれるようになりました。ずっと伊文山(いもやま)と呼ばれてきたのですが明治に入り神仏分離で○○山とつくと寺院の山号と誤解されやすいという指示の元に地名の神社、伊文(いぶん)神社と変わったそうです。一方八幡社の方は承久3年(1221年)頃、足利義氏が西尾城の元になる西城を造られた時にお城の中に造られて、お城の守り神として新たに奉られた。その頃から天王社(伊文神社の前身)も歴代城主の手厚い保護を受けてきたという事です。今の西尾祭りですが、丁度安土桃山時代の田中吉政が城主になった以降祇園祭となり大変賑やかなお祭りになったと聞いております。
 西尾祇園祭はもともと疫病除け、疫病退散のお祭りでした。神様が奥に鎮座されているだけでなくお出ましを願う。神輿に御乗りになる。そうすると神様が町迄出てきて下さる。そうすると神様のおもてなしの意味を込めてお楽しみ頂きたいという事で色々な余興が町衆の間で盛んに行われたという事ですが今ではだんだんとその意識が薄くなっているのかもしれません。現在行政と宗教の間で難しい所もあるかもしれませんが、3年程前から西尾祭りから祇園祭と名前を戻して頂いたという事でそれだけでも本当にありがたい事だと思っております。だと言ってお宮の為、神様の為のみなさんの行事かと言うとそうではないのですが、それはそれで良いのではないかと思いますが一番の始まりは疫病が出ない様にと祈りを捧げた行事であるという事を覚えていて頂きたいと思います。

伊文神社の沿革

ビジターでお出での一色RCの近藤清隆君は倫理法人会の講演会のPR 幹事報告は長谷幹事 出席報告は高須良一出席委員長
スマイル報告と各種お祝いは新海雄二スマイル委員長 今月の誕生日のお3方と記念写真 日韓親善会議の案内は杉田国際奉仕委員長
明日の大名行列の案内は岩瀬一君 ニノ沢川クリーン作戦参加のお願いは三治信芳社会奉仕環境保全委員長 写真同好会の案内と司会は太高純治君

詳細はホームページをご覧下さい。 [http://kirara-rc.jp/kaihou.php]