第1097回 橘流寄席文字・名取 

開催日時 2014年9月5日(金) 12:30~13:30
開催場所 西尾信用金庫中央支店2階
合唱曲 奉仕の理想
卓話者橘 右太治氏(たちばなうたじ)
ビジター西尾ロータリークラブ 天野 卓君
お客様
司会進行高須 匀君

会長挨拶

 皆さん今日は、安部改造内閣が9月3日に発足しました、この改造内閣は「実行実現内閣」と命名され、デフレの脱却、成長戦略の実行に全力で尽くす内閣で有る我々は、この期に日本の政治、経済、国民の生活が向上し、安定した日本になる事を期待しております。

 本日のゲスト及びビジターを紹介します。ゲストは橘流寄席文字 名取の「橘右太治」様です 私の記憶では、14~15年前に山本君の「吉良観光ホテル」にてお話を聞いたような気が致します、今回の卓話もよろしくお願いします、お手伝い頂くのは、右太治様の生徒さんで「服部佳子」さんです、ビジターは、西尾RC「天野卓」君です。

 先日、父の法要を営みました、その時「諸行無常」という言葉が有り今回それをテーマにお話しします、「諸行無常」は平家物語の一節に「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」という言葉が有ります 諸行無常の言葉に命のはかなさ人生の空しさを読み込んでいます、季節の変化で暑さ寒さを感じる、若さがなくなる顔や手の甲にしわが増える、体力が衰えるなどからだの無常を感じ花が咲き散って行く木が枯れる等無常を感じますこの様な物は全て、一瞬たりとも同じところに留まってはいない、常に時間は流れて同じ状態で留まる事は無いことを「諸行無常」と解釈しております。

 仏教では、釈迦が死ぬ間際の遺言として「全ての事象は過ぎ去るものである、怠ることなく修行を完成せよ」で有ります、我々の諸行無常の意味は「事象は、常に変化し消え去るという道理を良く観察し熟知する」事である。釈迦の遺言は「時の移り変わりをはかなんだり、物の色形が変わるのを嘆いたりするのでなく事象は無常で有るから時を惜しんで目的を達成する為に一時も怠けてはならない、精進せよと生きる意義を教えている、その精進の目標は己を磨くことである。

 皆様も自分の目標に向かって己を磨くように日々精進していきたいと思います。

出席報告
会員総数 出席免除者 本日の出席会員数 MU数 本日の出席率(%) 修正出席率(%)
58 31 42   84.00 100

スマイル委員会報告

【後藤利之会長】
 橘右太治様ようこそKIRARAへ、寄席文字についての卓話楽しみにしています。

【鈴木善和幹事】
 橘右太治様、「西尾KIRARAへようこそ」本日の卓話、宜しくお願いします。

【山本裕允プログラム委員長】
 右太治師匠、本日は大変お忙しい中またご遠方よりKIRARAロータリーへお越し頂きありがとうございます。寄席文字あれこれ楽しみにしています、宜しくお願いします。

【西尾RC天野 卓君】(タカシ)
 今季も宜しくお願い致します。

卓話

「寄席文字あれこれ」(橘流寄席文字・名取 橘右太治氏(たちばなうたじ))


橘右太治師匠とお手伝い生徒の服部佳子様

お手伝いの服部佳子様、とってもチャーミングです。

チョット水戸黄門の角さんに似てる?橘師匠

これが落語の寄席文字で書いた看板です。

「もっとしっかり押さえてヨ~オ」ヨイショ!

アンコールに答えて大サービス一枚、四千円?
 寄席文字という物の本物を見て頂きたいと思っております。先程何人かの方から落語が好きで、新宿末広亭の年間会員証をお持ちの方もいらっしゃるという事ですが、僕がこの字に惹かれたのは、たまたま落語研究会に入り先輩に新宿末広亭に連れて行ってもらい入口の看板を見てカルチャーショックを受けたのがきっかけです。

 この字をどなたが書いているのかと思い先輩に聞くと、橘右近という人でした。そして右近師匠と面識があるという事で僕も紹介をして頂きました。寄席というのは10日間で顔ぶれが変わります。その都度右近師匠が新宿末広亭の楽屋の上のちょっとした仕事場で字を書いていました。僕はその側で字を書いている師匠を拝見しました。始めは書き方、どういう風に書いているのか、筆の運び方を集中して見ていたのですがその内に師匠の息使い、どこで息をしてどこで止めているかという事を今思い出します。素敵な字でしょう。本当にカルチャーショックを受けました。1枚看板の文字に一番ショックを受けたんですが、今から書いていきます。

 お手持ちの資料をちょっと御覧頂きたいと思います。日本の伝統文字、江戸の香りを伝える文字、江戸時代に発生した文字を総称して江戸文字と呼ばれますが、その中で大きく分けると4つに分かれます。お芝居の勘亭流、歌舞伎の世界です。相撲の根岸流、行司さんが番付を書いております。そしていわゆる江戸文字と言い、半天にある文字でやや角張っています。神社仏閣等に行きますと千社札が奉納されていますがそこに書かれている文字でもあります。もう1つが我々の書いています寄席文字です。

 御覧になって解る様に右上がり、尻上がり世の中良くなる様に、寄席の興行成績が良くなる様に、景気が良くなる様に。なるべく余白を少なく、寄席にお客様が一杯つまる様に、そして閉めてしまう。一旦入った客を逃がさないという洒落のこもった字です。これを書いていた橘右近という師匠は元噺家です。昭和24年迄噺家でした。後に寄せ文字1本になりました。昔は寄席文字と言わずビラ字と言っていました。天保年間から始まった文字を職業とし、ビラを書いたりする職業の人に名人が生まれました。その中で2代目ビラ辰が非常に力があった様です。寄席もその当時200件近くあったらしいです。今現在寄席は5つです。

 せっかくですから実際にここで字を書いてみたいと思います。みなさん取り囲んで頂いて結構です。見やすい所へ来て頂いて構いません。今日はお土産を用意して参りました。最後の最後に大抽選会を、お手元の番号を照らし合わせて頂き、色紙を3枚書いて参りました。「笑」「福」「縁」という字をプレゼント致します。

 これはベラと呼ばれた、今では寄席と言われますが木版です。書いてては間に合わないですから版木を組み合わせて、これを地方へ行く時に持って行った様です。関東大震災でその木版、職人も道具も圧倒的に消失してしまいました。その後印刷、ポスターが盛んになりました。それでは実際に書いていきます。筆はこれだけあります。先程の1枚看板はこれでは書ききれません。これで輪郭を取って埋めていくやり方です。書くというより作り上げるというやり方です。

 それではお時間が来ました。番号を適当に申しますのでお持ちの番号をご確認下さい。
 残念ながら外れてしまった方、色紙が外れてしまった方は、別途仕事で受けます。1枚4千円で仕事をやっております。ありがとうございました。

3分卓話「私の履歴書」  堀田義之君

 私が皆さんとちょっと違う所は、今迄に14回引っ越しをしております。引っ越し貧乏というのは私です。
 名古屋南区、呼読の旧東海道沿いに今から400年以上前ですがそこに堀田一族が住み着き、親父の代で13代になりますが空襲でみんな焼けてしまい、その後の昭和22年に生まれました。小学4年生の時、親父の転勤で大阪西宮へ移りました。

 本当に異次元の世界に行ったみたいでした。田舎者がいきなり都会へ行ってしまい、言葉使いも違うという事で小学校時代は大分いじめられて泣いて帰った事もありました。中学時代は皆さんもそうですが沢山の人数であったと思います。中学1年の時は1学年14組で、1クラス56人位いました。

 校舎が足らなくて運動場にプレハブ教室を建て勉強していました。その中学の総合運動会が甲子園球場の中でやりました。本当に直ぐ近くに甲子園球場や阪神パーク等がある賑やかな場所でしたので、高校のセンバツの時等は学校帰りに外野はただでしたので見に行った覚えがあります。

 私は転校生で随分いじめられましたから、こちらに来て自分の子ども達に転校生は大事にして声を掛けてやれと言っておりました。自分の子も孫も西尾で生まれていますから、名古屋の方には先祖代々の墓と200年近く経った欅の木が3本今だにそびえています。

 私には懐かしいのですが、妻や子ども、孫にとってはまったくチンプンカンプンな感じで、やはり育った場所、環境によって人間は左右されるのだと思います。序盤・中盤・最終章でいくとかなりの時間がかかるかと思います。また折があったら話が出来たら良いなと思います。

久々の登壇、今日はとても嬉しそうな堀田君です。 私の幼いころは転校が多く虐めに会ったことも・・ まだ話足りないので中盤、最終章とお話しできたら・・?

<会員誕生日・ご婦人誕生日・結婚記念日>

会員誕生日、高須、市川、岡田、石山君4人で258歳 結婚記念日「今日だった?忘れなくて良かった~」

<例会30分前>

例会一時間前、担当の皆さん準備に忙しそうです。 サァ~昼飯でも食うかな~「今日は魚寅の弁当」ウメェ~ 食事をしながら楽しそうに会話するKIRARAメンバー
何時もメンバーのお世話役「KIRARAの星」鈴木さん 西尾RC天野卓さん「寝てる~」
起きてました!
例会3分前、山本プログラム「何かわすれてないかな?」

<各委員会報告>

出席報告委員の里野泰則君「これぐらい慣れたもんです」 スマイル報告の二宮誠二君「チョオ貫禄ありますねぇ~」 高須会場環境副委員長「夏痩せしても頑張っています」

詳細はホームページをご覧下さい。 [http://kirara-rc.jp/kaihou.php]