第1147回 クラブフォーラム「私の病気自慢」

開催日時 2015年10月2日(金曜日)
開催場所 西尾信用金庫中央支店2階
合唱曲 奉仕の理想
卓話者
ビジター
お客様
司会進行野口要二君

会長挨拶


 皆さんこんにちは。爆弾低気圧でどうなるか心配していましたが、無事に通り過ぎてくれました。さて、地区から9月10日の鬼怒川の水害への義捐金の依頼が来ています。ボックスを回しますので、志をお願いします。

 今日の卓話は、青山君、杉浦義利君、大高敏睦君の「私の病気自慢」です。そこで私も病気自慢をしたいと思います。
 
 私は大きな病気はしたことがないのですが、21年前、ウガンダでマラリアに罹りました。ナイロビからタンザニアに入り、ンゴロンゴロという、2000メートル級の外輪山に囲まれた動物の楽園を楽しんだ後、「念ずれば花ひらく」と書かれたお地蔵さんを一組はキリマンジャロの頂上に、もう一組は、ウガンダでエイズが最もひどく、エイズ発生の場所ではないかと言われていたカクト村に建てるためです。

 キリマンジャロへは重信君が、約20キロのお地蔵さんを背負って6000メートル近い頂上に建ててくれました。私たちは3人で、ウガンダの首都のカンパラに飛んだのですが、空港は国連軍の兵士でいっぱいでした。約2か月前からルワンダの大虐殺が起こっていたのです。

 カクト村では、大阪出身の春名さんという人が、エイズで両親を亡くした孤児の宿泊施設と職業訓練校をやっていて、そこに支援物資とお金を持って行き、お地蔵さんを建てました。しかし、そこでマラリアに罹ってしまいました。現地で発症すれば、薬もあるしすぐに対処できたと思いますが、潜伏期間が2週間あるため、日本に帰ってから発症しました。

 市民病院や近所の医者に行っても、夏の風邪は熱が高くなると言われ、心配になり、名古屋の検疫所に電話をすると名古屋の東市民病院にマラリアの治療経験のある医者が一人いるということで、すぐに行きました。すると、すぐに隔離病棟に入れられ、今日明日が山だから家族を呼んで下さいと言われました。

 また、薬は日本には患者がいないので認可されたものがなく、東大病院に1週間分しかありませんでした。3人も患者がいるため、緊急でヨーロッパから輸入してくれました。2週間ほどで元気になり、隔離病棟には3人の患者に対して8人の看護師と3人の医師がいたため、外に散歩に行くときは看護師が付き添ってくれました。そこだけは良かったです。

 私たちがカクト村に行った1ヶ月後に、カメラマンで映画監督でもある小林茂さんが行き2年後に写真集を出しました。私たちが出会った子供たちの写真がありますので、回しますのでご覧ください。

出席報告
会員総数 出席免除者 本日の出席会員数 MU数 本日の出席率(%) 修正出席率(%)
57 35 43   84.31  

スマイル委員会報告

【磯貝総一郎会長】
青山君、杉浦義利君、大高敏睦君、今日の私の病気自慢楽しみにしています。

【磯貝総一郎会長】
ガバナー公式訪問が無事に終わりました。SA小林君ご苦労様でした。

【大山 勝男君】
先週の合同ガバナー公式訪問には手前共の店舗をご利用して頂きありがとうございました。

【鈴木 正司君】
病気の大家のお三方本日は宜しくお願い致します。楽しいお話になるのか、苦しいお話になるのかわかりませんが大いに自慢して下さい。

【犬塚 万弘君】
スマイル委員会です。早いものでもう三ヶ月が経ちました。本日三ヶ月スマイル賞を発表させて頂きます。今後も宜しくお願いします。また野口君貴重なCD有難う大事に聞きます。

【野口 要二君】
先週土曜日に名古屋でJazzのライブがあり鈴木正司さんに乗せてもらいましたが、前日臨時収入があったという事で全ておごってもらちゃいました。ごちそう様でした、有難うございました。追、利君出資有難うございました。又、お願いします。

【杉田芳男】
今日のスピーカ―青山、大高、杉浦君の様に成らぬ様にアルコールでおなかを消毒しましょう。

【齋藤喬甫、柴川和義、新海雄二君】
ワールドフード+ふれあいフェスタ チケット(現物スマイル)


卓話


司会進行:鈴木正司君

「私の病気自慢」発表前の3人

私の病気自慢:青山弦八君

私の病気自慢:大高敏睦君

私の病気自慢:杉浦義利君

1)青山弦八君

 私の病気自慢という事で、2回程ありました。1回目は今から13年前、岡崎市民病院に入院し、腹部大動脈瘤の手術をした時です。その時は斉藤建夫君が会長で犬塚君が幹事で、お見舞いに来てくれました。後藤君にも来て頂き、1ヶ月の入院でした。腹部大動脈瘤はその当時、愛知県では岡崎市民病院の湯浅先生しか出来ない手術だといわれておりました。腹部ですから胸元からくるぶしの辺りまでずっと切開して人工血管を埋め込む手術をしました。手術に6時間位かかっていました。

 2回目が今回の肝動脈のバイパス手術です。血便がもの凄く出てびっくりして主治医の所へ行きました。そうしたら先生がすぐ紹介状を書いてくれて市民病院へ行きました。市民病院ではCTとレントゲンを撮りました。その時に保健衛生大の栃井将人先生が出張で来ておられ、そのタイミングを持って主治医が紹介状を書いてくれた様です。
その栃井先生が結果を見てくれて、その場で大学病院に入院の手続きをしてくれました。丁度その1週間後に中国に行く準備をしていたので旅行の鞄さら入院をしました。この病気は天皇陛下がやられた病気と同じです。


2)大高敏睦君

 こうやって座っていると良いのですが、立っていると非常にバランスが悪いです。3日前にも知り合いの家で靴を脱いで家に上がる時にバランスを崩し仰向けに転びました。前よりは話し方は良くなりましたが、ひょっとした加減で歩いていてもビッコを引いてしまいます。

 6年前、睡眠時無呼吸症候群、無呼吸、そして今回とあり、6年前からジワジワと始まっていたと思います。23号線で居眠り運転をし、一瞬命を失う寸前迄行きました。お陰さまで自損で尚かつ、車の前後のホイールだけで済んだ経緯があります。
そんな中、6月5日に額田カントリーで後ろから腰の辺りをボンとはねられむち打ち症になりました。そして山岸先生、市民病院の先生、うちの息子も含めて自律神経パニック症候群になってしまいました。

 最初の1週間はただの腰痛でした。1週間経ってから歩けなくなり、1ヶ月経ちジワジワと具合が悪くなり、胃やら心臓が痛くなり、7月4日にたまたま息子がいたので良かったのですが午後2時半に吐血をしました。7月9日に7時25分位だそうですが頭痛が酷く、手が硬直をし首が回らなくなってしまいました。今も正直言って手は動く様にはなりましたが調子が悪く、座っているけれどフワフワして非常に良くない状態です。現状は日が薬と言った状態です。大変大袈裟な事になっております。

3)杉浦義利君

 私は甲状腺がんです。これは今年1月にお亡くなりになった高須良一君と全く同じです。また同じ先生に手術をして頂きました。見つかったきっかけは丁度4年前、安城クリニックで人間ドックを受けました。
その時のエコー検査で甲状腺ポリープがあるから精密検査をした方が良いという事で厚生病院を紹介して頂きました。

 甲状腺は非常に進行が遅いという事で様子を見た方が良いという事になりました。最初の検査の時は7.5mm位でした。1.5cm位の人は一杯いるのでそれ位になったら切った方が良いと言われ、3ヶ月に1回検査をしていました。丁度1年位経った時、5mm位に小さくなったんですが、検査の写し方で安易に小さくなったとは言えませんと言われ、それでしばらく様子を見ていました。

 丁度1年位前にぼちぼち覚悟をするかねと言われ、手術の日程を決め、昨年の8月の終りに首の下、ツキノワグマみたいに傷がありますが切ってがんを摘出しました。甲状腺がんは乳頭がんという種類だそうで、乳頭がんはあまり転移をしないそうです。1年が経過をしましたが。今年の7月迄は1ヶ月に1回検査をして参りました。7月以降は3ヶ月に1回で良いよという事で検査をしております。

 そして今月末にMRI、CTを撮って1年目の精密検査をするという事で10月にやってきます。奇しくも高須良一君も私と同じ病気で亡くなられた訳ですが、良ちゃんが1月15日に亡くなられて、私が30日にその先生に診察を受けました。

 その先生に私も近いかね?と聞いたら、先生は良一さんはあんな風になるとは思わなかったと言われました。ちょっと特殊な状況だった様です。奥さんに聞いた所、がんが特異に変異してしまい解らない変異の仕方だった様です。もしかしたら私もそんな風になるかもしれないけれど、そんな風には考えずに前向きに今を楽しんで行こうと思っております。

各委員会報告

幹事報告:三浦隆司幹事 出席報告:杉浦正昭君 スマイル報告:犬塚万弘君
会員誕生日 結婚記念日 7〜9月スマイル優秀賞:大山勝男君
地区青少年会議報告:杉浦加代君 同好会助成金授与 地区米山会議報告:堀田義之君

詳細はホームページをご覧下さい。 [http://kirara-rc.jp/kaihou.php]