第1172回 通常例会 「会員卓話」

開催日時 2016年4月15日(金曜日)
開催場所 西尾信用金庫中央支店2階
合唱曲 R-O-T-R-A-Y
卓話者榊原 弘君  石川逸大君
お客様
司会進行市川 治君

会長挨拶

 
 皆さん、こんにちは。25周年までちょうど1か月になりました。次年度も予算や事業計画を立てる時期で何となく慌ただしい感じがします。

 皆さんに質問があります。皆さん一人一人に1億円を差し上げるとします。そのまま貰ってもいいですが、私にじゃんけんで勝てば2億円もらえます。しかし負けた場合は1円ももらえません。じゃんけんをするという人は手を挙げてください。(6人が手を挙げる)

 では、今度は皆さん一人一人が1億円ずつ借金があるとします。私にじゃんけんで勝てば借金はチャラになります。しかし、負けると2億円になります。この場合、じゃんけんをするという人は手を挙げてください。(3人が手を挙げる)

 皆さん博打打ちが多いですね。やはり、経営者ですね。通常はこの人数は反対になります。心理学者でノーベル賞を取った人が一人だけいます。ノーベル心理学賞というのはないので、経済学賞を取ったのですが、カーネマンという人です。プロスペクト理論というのですが、人の主観的価値は、客観的価値と一致しないことを数式にした人です。

 
             
このように最初の1億円と、それに足される1億円では同じになりません。2倍ではなく1.6倍くらいに感じるそうです。そのため、利益が出ているときには保守的になりリスクを取らなくなります。勝っても6千万、負けると1億と感じるからです。

 逆に、損をしているときは、リスクを取ろうとします。勝てば1億、負けても6千万と感じるからです。
もう一つ重要なのは、中央のゼロの点です。これを参照点といいますが、これを常に現在にしておかないと正しい判断ができないのですが、特に損をしている時、例えば1000万で買った株が500万になっていたとすると、人は過去に引きずられて、間違った参照点から判断してしまいます。

 このプロスペクト理論を理解したうえでリスクを取れば、博打にならずに投資になります。しかし、私は、これからも博打打ちで行きたいと思っています。

出席報告
会員総数 出席免除者 本日の出席会員数 MU数 本日の出席率(%) 修正出席率(%)
56 34 43   87.76 100

スマイル委員会報告

[磯貝総一郎会長]
 榊原弘君、石川逸大君今日は卓話よろしくお願いします。

[三浦隆司幹事]
 いよいよ25周年記念式典もちょうど1か月後に迫ってきました。
 各委員会が着々と準備しております。
 皆様で充実した式典にいたしましょう。

[鈴木正司君}
 過日の紙上座談会に参加の皆様ご苦労様でした。
 我がクラブのPRに使わせてもらいます。
 サポートの野口君有難う!!

卓話

会員卓話「私の履歴書」   (榊原 弘 君・石川逸大 君)


榊原弘君

石川逸大君

笑顔がいいですね

最近を振り返って・・・
         会員卓話:榊原 弘君

 「つちや仏壇店」の榊原弘です。丁度私はキララロータリーに入り1周年になります。皆様方が本当に和気あいあいとクラブをやっておられる事に驚くと共に、平均年齢が高い割には本当にお若く、私もその様になりたいと思っております。

 昨年60を迎え、後1ヶ月もすると61になります。61ともなりますと自分の一生はこれをやったぞという生き方が出来、良い人生だったとつぶやける事を夢見ておりましたが全くその様に思っておりません。ただ肉体はかなり痛んで参りました。体重が多いという事もあります。以前頑張って8k程体重が減った事もありましたが脊柱管狭窄症で足が痛みさほど改善しませんでした。

 私は肴町で生まれました。家内がとっても強いので時々養子と間違われます。仏壇屋に生まれ祖父母もおり、両親に可愛がられて育ってきました。割と真面目でおとなしく、小学校では勉強は嫌いだったのですが真面目だったのでそこそこの所まではいくのですがそれ以上は出来ないとつくづく思っていました。

 小学校5年生でテニスクラブに入り、6年生はソフトクラブに入り、中学はまたテニスクラブに入りましたが、練習ではそこそこいくのですがいざ勝負となるとコロッと負けてしまうという事が何回もあり、勝負事は強くないし根性もないという事でしたが、ただスポーツは好きだったので高校は柔道部に入りました。

 西高の柔道部でしたが結構練習も上手くいき、練習では強いのですが試合になるとコロッと負けてしまうという事がよくありました。ここまでが私の第1段階の人生で、ここから将来何をやろうかと思った時に農業がやりたいと思いました。

 東京農業大学へ行きここから人生が大きく変わりました。楽しいキャンパスライフを夢見たのですが、海外移住研究部というとんでもないクラブに入ってしまいました。海外や移住に興味があった訳ではないのですが、初日に校舎の上に集合しエール練習をしました。東京農業大学の応援団は大根おどりでかなり有名ですがそれに匹敵するくらいの、それ以上の厳しさでした。毎日、毎日、朝昼晩と練習をしていました。
次の日には100人いた新入部員が50人、その次は30人、どんどん減っていって最終的には10人位になってしましました。その次に我々の先輩が海外に移住されるからと飛行場へ行ってそのエールをやる訳です。その為に毎日練習をしていました。

 移住は海外へ行って生涯そこへ住み着く事です。それぞれの夢がありますがクラブの中では世界平和の為だという事になっておりました。アメリカやヨーロッパへ行くのではなく南米やアフリカ等へ行かれていました。エール練習までは耐えられましたが、仏壇屋の息子が海外移住までする気はありませんでしたが、1年後まるっきり考えが変わってしまって、入って来る後輩達にエール練習をさせていました。

小さい頃から気が弱く人付き合いも悪く コミュニケーションも下手で勝負事になるとコロッと負けてしまう自分が情けないと思っていたので、その海外移住研究部で相当鍛えられて良かったと思っております。

 その後3年が過ぎ、もう一度農業がやりたいと思いました。しかし日本では農地法というものがあり仏壇屋の息子が農業をやる事はできません。そこでアマゾン川の流域で日系人の方が開拓農業をやられており、そこに1年間農業実習をやらせて頂きました。勉強になった事は、農業は本当に難しくて病気との戦いという事が解りました。

 熱帯地方なので直ぐに病原菌が繁殖してしまいます。しかし原生林は病気がない。開拓はブルドーザーであっという間に出来、あっという間に作物を植え付け、あっという間に収穫が出来るのですが、あっという間に病原菌で野原の様に真っ黒になってしまう。そういう事を繰り返しています。環境破壊は農業が一番大きく、こんな事をやっていてはいけないという事である日本人の方が自然農業、森林農法(アグロフォレストリー)を築き、今脚光をあびております。

 凄くやりたいなと思っていたのですが私の人生は反省と後悔と挫折の繰り返しで、大学へ戻った時に先生が日本人のいない所へ行けという事でアルゼンチンとチリの国境近くの所へ行き実習をさせてもらいました。奥さんと手に手を取り合い二人で樹木栽培、樹木の木の苗を栽培しました。そこでまあまあ注目を浴び楽しく過ごしておりました。

 しかし36歳で帰って来るとになり、親父の後につき10年位一生懸命仏壇屋をやりました。ここから第3の人生が始まります。仏壇組合の理事長になってしまいました。私の前の三河仏壇振興協同組合の理事長が知立の愛知屋さんで、その方は組合創設当時から副理事長、理事長と24年間やられていました。その後の第3代目が私となり、それなりに頑張って8年務めました。家の仕事もやりながら全国の仏壇産地の理事長さんともお知り合いになりながら色々勉強しました。

 組合の理事長の時代は三河仏壇の伝統的仏壇を守っていかなければいけないという発言をする意外にありません。しかし心の中では現代の時代のニーズって何だろうとずっと思っていて、時代は大きな仏壇ではなく、今の住空間も全く違ってきているので和風から洋風へ、リビングでも置ける仏壇をみなさんが求めているなんて事を言ったらとんでもない事が起こります。しかし理事長を辞めましたので今なら言えます。供養産業(仏壇・墓石・葬儀)はこの1~2年で急に変わりました。

 葬儀が簡単になった事、家族葬や直葬が主流となり、お盆になってもお墓参りをされる数が本当に減りました。仏壇もそんなに簡単に売れない時代になってきたと同時に家具調仏壇が東京では7~8割の主流を占める様になりました。

 この地方は3~4割ですがいずれ増えてきます。そういう物に対抗する仏壇を作っていこうではないかというのが私の考えです。そして実際にやっております。しかしほとんどの人が知らないのでチラシやメールで発信していこうと思っております。

 以上の様にそれなりに3分の1、3分の1ずつ生きてきた事は自分では納得している事ではないのですが、仏壇屋なら仏壇屋、農業なら農業と貫けずなんで転換してしまったんだろうと不満であります。仏壇屋に生まれ継いでから25年、アマゾンの中で森林農業を環境問題を考えながら農業をしていた貴重な経験をミックスして最後にやっていきたい事が樹木葬です。

 死んだら自然に戻る、死んだらお墓の下に埋めるのではなく、健康な森を作りその中に埋めていく。その下で森林浴をしながら孫やおじいさんが亡くなった人を慕っていけば良いのではないかと思い、そういう事をしていけたら良いなと思っております。

       会員卓話: 石川逸大君

 喋る事は省かせて頂きビデオを流そうと思っております。過去を語る事は殆どありませんので未来を見ながら、未来を語りながら近年の過去をビデオで振り返ってみたいと思います。

 ここ数年の間にスローライフとしてヨットで旅をしたり色々な海外へ行って楽しんで来た所の映像です。最後この僕のスタイルを見せたくてこれだけは飛ばす事が出来ないと思い見て頂きたいと思います。

 以上でございます。この様な形でここ数年をこのスライドを見て頂いた方が下手なお話をするより楽しいだろうと思い見て頂きました。どうもありがとうございました。

各委員会報告

会長挨拶:磯貝会長 幹事報告:三浦幹事 出席報告:杉浦委員長
スマイル報告:犬塚委員長 司会進行:市川君 ロータリーソング唱和

ロータリーソング唱和


詳細はホームページをご覧下さい。 [http://kirara-rc.jp/kaihou.php]