第1173回 通常例会 テーマ「パラダイムシフトについて」

開催日時 2016年4月22日(金曜日)
開催場所 西尾信用金庫中央支店2階
合唱曲 それでこそロータリー
卓話者一社)西尾青年会議所60代理事長 太田信吾氏
お客様
司会進行市川 治君

会長挨拶


 皆さん、こんにちは。まず報告があります。熊本で震度7が2回続く地震が起きましたが、地区から義捐金の要請がありました。先ほど臨時理事会を開き予備費から会員一人当たり千円、5万6千円を支出すことにしました。それ以上の支援をしたいという方は、事務局までお願いします。

 今日のゲストは、西尾青年会議所第60代理事長の太田信吾様、筆頭副理事長の星野基光様です。「パラダイムシフト」の卓話お願いします。お父さんの方がもっと緊張しているのではと思いますが、太田君大丈夫ですか。

 コロンビア大学の教授にシーナ・アイエンガーという人がいます。両親はインドからの移民で本人はアメリカで生まれ、途中で失明していますが、その人の「選択の科学」という本に、日本人にも関係する興味深い研究が載っていますのでご紹介します。

 ロスアンゼルスの日系人の子供たちと、アングロサクソン系の子供たちを対象に実験が行われました。それぞれを3グループに分け、6種類のパズルと6色のマーカーを見せ、一つ目のグループは本人に自由に選んでもらいました。2つ目のグループは、ミス・スミスという子供たちが知らない人が選んで子供たちに与えました。3つ目のグループは、「お母さんが選んでくれた」と言ってパズルを与えました。

 その結果、アングロサクソン系の子供たちは。自分で選んだグループが飛びぬけて良い結果になりました。2番目は母親の選んだグループ、3番目は知らない人が選んだグループになりましたが、その差はわずかでした。

 一方、日系人の子供たちは、母親が選んだグループが一番でした。少しの差で自分で選んだグループ、知らない人から与えられたグループは大差で最下位でした。

 これらは、社会や文化の持つ伝統や価値観が人の選択に大きな影響を与えていることを示しています。個人主義の社会と集団主義の社会の違いです。

 ある多国籍企業の話ですが、アメリカの工場で従業員の自主性を重視して生産性が向上したため、アジアの工場でもその方法を導入しましたが、今度は生産性が落ちてしまいました。今では、地域によって変えているそうです。

 個人主義的か集団主義的か、国ごとに調査した結果もあります。アメリカが最も個人主義的で、西欧諸国がこれに続きます。日本は、豊かになるとともに変化してきたと思いますが、真ん中あたりです。もっとも集団主義的だったのは、南米やアフリカ諸国です。

 今日の卓話は、「パラダイムシフト」です。若い世代の価値観がどう変わったのか、話を楽しみにしています。


出席報告
会員総数 出席免除者 本日の出席会員数 MU数 本日の出席率(%) 修正出席率(%)
56 35 48   90.56 100

スマイル委員会報告

[磯貝総一郎会長]
 西尾JC理事長の太田さまようこそkiraraへ、
 今日は若い世代の価値観について教えてください

[三浦隆司幹事]
 太田理事長様、星野筆頭副理事長様本日の卓話楽しみにしておりました。
 先日のJC4月例会立派で驚きました

[榊原 章君]
 昨夜、孫(男)が生まれました。6月にも男の子が生まれるので
 孫が3人になる予定です

[辻村義之君]
 いよいよ25周年記念式典まで1か月切りました。
 それぞれの役割分担で大いに盛り上げてください。
 そして楽しくやりましょう。

[太田五九郎君]
 今日は私の息子がJC理事長として卓話にきました。
 よろしくお願いいたします。

[杉浦義利君]
 先日西尾GCにて名古屋トヨペット杯にて1番になりましたので
 スマイルします。正昭さん有難う(大きなハンデイに恵まれました)

卓話


スピーカー紹介太田君(父親)

西尾JC60代理事長 太田 信吾氏

例会前の食事タイム

謝辞並びに謝礼品の贈呈
 今、大変長い御紹介を預かりました、一般社団法人西尾青年会議所第60代の理事長を仰せつかっております。生まれは一色、吉良育ちの太田信吾と申します。30分というお話でしたけれどもちょっと巻いていこうかと思っております。どうぞよろしくお願い致します。

 さて今、紹介なのか父親からの激励なのかよくわかりませんが、お話あったように好奇心が沸くとなかなか止まらない達であり、それが良い方面も当然あったんでしょうが悪い方面が色々あり、親には今思えば大変な迷惑をかけながら生きてきたと思っております。その中2008年、プラマー太田という会社を10年間勤めておりましたが長男が出るという事をしてしまい、二度とあの家の門はくぐらないだろうという覚悟を持って出たのですが、今なんとか8・9年目を過ごせているのかなと思っております。

 お手元に三部資料がありますが、青年会議所の理事長として参っておりますのでそのお話しをしたいと思います。まず西尾青年会議所はOBの方が大変多くおみえで恐縮ではありますが、1年で理事長は変わっていく単年度制という制度をとっています。去年来たのは寺田で、今年は私、来年はまた違う方がみえると思います。一年一年スローガンを掲げさせて頂いております。今年60周年ですが60年前の初代の理事長からずっと毎年、違ったスローガンが掲げられるので、そこにいるメンバーは方針が当然ながら変わって、毎年毎年、それについていくのが大変だと思うのですが、時間を使いながら理事長も遂行していきまのすので私も真剣モードでスローガンを考えて「メッセージ~志と愛をもて、命を使い切るために~」というスローガンを今年は掲げさせて頂きました。なぜこのスローガンになったのか、それがこの両面刷りの物に繋がってくるのですが、本日はパラダイムシフトというお話を少しさせて頂けたらと思います。

 パラダイムシフトはその時代や分野において当然の事と考えられていた認識や思想、社会全体の価値観などが革命的にもしくは劇的に変化することをいうと書いてあります。この事を少し意識しながら考えていくと、200年前までは手紙が自分が喋らなくても相手に思いを伝える手段であった、それがファックスや電子メール、携帯電話、テレビ電話等が出る度に当たり前が覆されていったと認識しています。乗り物もそうです。買い物も物々交換の時代から貨幣に代わり最近ではカード決済やインターネット決済がありますし燃料もどんどん変わってきております。これらが出現した時、その分野でパラダイムシフトが行われいたと思われます。変化のスピードというもの、時代の変化のスピードというものがとても早いこんな時代に私たちが今、目の前に行われている変化にだけついていこうと思うと、すぐにパラダイムシフトが起こってしまう様な時代になっているという解釈をしました。

 ではどうしたら良いのか。これから時代を担っていく20代・30代の人間はこれから少なくとも30年は社会に出て先頭に立ち、リーダーとして進んで行かなければならないので、どうしたら良いのかと考えた場合、日本では人口減少も当然ながらあります。そんな中で人間関係、昔から変わらずこれからもきっと変わらず注力していかなければならないと思います。人間力を高めていく修行を若いうちからしておかなくてはならない。従業員さんとお話しをする際にもそうですしお客さんとお話をする時、家族・兄弟・親でもそうです。人間関係が上手に務まる人がリーダーたる20代~40代の世代で少しでも養える事が出来たなら次にどんな時代が来ようともその時代に対応できる人間になれるのではないのかというロジックの中でその人間力を高める1年を作らなければならないという様に思いまして、60代というとても受けにくい年度でございましたがタイミングが合いましたので受けさせて頂きました。

 そこで立派な人っていうのはどんな人だろうと思った時に生きる目的を持って生き生きとしている人、志を持っている人なんだろうと考えました。また人間関係を良好に出来る力を持っている人は好かれる力を持っている人となりますので、きっと愛情深い人なんだろうと思います。そんな所から志という文字と愛という文字を付けてその二つを持ちましょう。そして自分の成したい目的を、一生掛けて成し遂げたい目的を成す為に毎日毎日頑張りましょうということで命を使い切るためにというスローガンを掲げさせて頂きました。お冠に付いているのが「メッセージ」というものですが、本年度は60周年ですので、今まで59年間理事長がお見えになった訳でそしてOBの先輩達が現役達に葉っぱをかけて頂く言葉があるとすれば、若いうちにやらなければいかんだろ。

 若いうちに何でもやっとけと失敗してもいいじゃないか。というようなメッセージを頂けているのではないのかなという気が致しまして60周年という節目でございましたのでメッセージという言葉を一番初めに持ってこさせて頂いております。

 今、137名の会員がいる西尾青年会議所ですが10年位前から事情はあまり変わっておりません。名古屋JCさんの次に愛知県下では人数を誇っております。その次が豊田さん、その次に刈谷さん、岡崎さんと続きます。この17万人の都市の中で140近くの人がいる団体というのは良い所ではないのかなと思います。最近のJCはなかなかはめを外す事が出来ず、お酒を飲む機会もなかなかございませんと言いながらもここではやっておる訳ですが、公式的に開くと足ですね、飲んだら乗るな。乗るなら飲むな。当たり前の事を当たり前の様にコンプライアンスをちゃんと順守出来る団体でなければ人にこんな町にしようよ とか、こんな人になろうよという発信力を持って言ってもなかなか重みがないという事で、最近ではみなさんのイメージのJCとはちょっと違った地味な感じのJCになっているのかもしれません。

 しかし今のJCは真面目です。真剣に家族・仕事・会社・地域の事を考えられる人達が増えてきているのではないのかと私もJCに入って9年目ですがそんな変化を感じています。そしてお金もあまり使わなくなりました。私なんぞがJCの理事長をやれる訳ですから、昔の理事長は年間に使うお金が沢山という話を聞き、とてもじゃないと思いましたが、時代が変わってくれたお陰で今、皆さんの目の前でこうしてお話しをさせて頂いております。

 そんなJCの入会年数はご存知の通り20歳から40歳までの若者を募集しております。どうぞお知り合いの方、もしくは息子さん、お孫さんがおみえになりましたらその情報を頂き人間力開発という所を一番今年は強く思っておりますので、社会開発も踏まえて真面目に会社に持って帰れるような、会社に戻っても十分使えるような、そういう人を育成していきたいと思っておりますので、そのような情報がございましたら教えて頂だけたらと思っております。
 
 私がJCの理事長を受けることよりも前の話です。なぜJCに入った時はプラマー太田だったのに、その10ヶ月後に私がゆいリビングという会社で起業したという所を少し、心の動きをお話ししたいと思います。私はドラムをする事が好きで、学生時代から明けても暮れてもドラムを叩いておりました。音楽で飯を食うと学生時代は思っていたのでその気持ちを持って高校を卒業したと同時に名古屋に出て一人暮らしをし、ライブハウスを経てCDなんかを出せる時代になってきたのでそんな活動をしておりました。そうしたらバンドが解散をしました。それが二十歳の頃です。

 なぜ解散したのかというと曲を作る人が僕ともう一人いたのですが、譲り合える事が出来なくなってしまいました。格好良い言い方をすれば音楽性の違いですが、あれは人間関係が上手に出来なくなっただけの事だと思います。どんなバンドも大体そんな所で解散をしているものです。そこで僕は失敗をしました。フリーターを2ヶ月位しました。当然就職して社会保険の備わった会社へ2年程務めておりましたが、ライブハウスは平日にやることが多かったのでずる休みをしているとなかなか会社に行きづらくなって、結局辞めざるを得なくなってきて辞めたという所です。この情報を親には言ってなかったはずだったのですが丁度良いタイミングで、今人が足らないからと、その時はプラマー太田ではなく一色設備という有限会社の会社でしたが戻ってこないかという声が掛かったのでそれほど志も高くなかった私ものこのこと入社してしまいました。

 ここが事の発端です。覚悟が無いのに親元に入るという事、事態が絶対にその後辛いよ、大丈夫かと言われていてもその時の本人は気付けないのであそこで覚悟のも無いのに入った自分が10年後に辞める事になったと事は必然だったと思います。そんな覚悟がない状態で25歳位迄水道屋さん、職人としてやっておりましたがやはり上司、父親である社長からの評価というのは本腰が入っていないよなという状況ではなかったかと思います。

 今となっては私は同じ立場にいるのでその気持ちが良く分かるのですが、20代前半の子が仕事を一生懸命やるというスタンスはほぼ珍しいと思います。そんな風に見てくれてたかもしれませんが任せてもらいたいなと思う仕事も任せてもらえないという事もあり、水道屋さんをやっていた25歳位迄の私というのはただ言われた事をやって、休みはしっかり休む。仕事は仕事という形でやっておりました。ただ長男が自分の会社に入って来るという事でこんなものなのかなと思われていたのかもしれないのですが、うちの次男が辻村工業さんでお世話になっており、2つ下の弟ですがこれがまた出来る子で、私が一杯失敗していると下でじっと見ていて、これをしたら怒られるんだな。こういう風にしていないといけないのだなとちゃんと察知出来る次男でした。

 そういった気質もありますし、小学校5年生だと思ったのですが、将来の夢はと聞かれた時に一色設備で働くという事を書いたという話を聞き、当然ながら親も可愛いに決まっております。そんな状況がありましたので、次男が高校出てすぐ辻村さんにお世話になり4年やって戻ってきた時には、向こうの方のが水道屋さん暦は同じなんですがやっている事が違っていました。向こうは最先端の事をやり私は穴を掘っているという日々を過ごし、私は正直やりにくかったです。ただそれが自分の人生ですので受け止めなければいけないという事もあり、何かないかと探していた時にトイレのリフォームが水道屋さんに転がってきてリフォーム屋さんをやり始めました。25歳から30歳の間、その水道屋さんの中にゆいリビングという会社を作りました。

 リフォーム部門としてそこで少しずつですが成績が上がり自分の真剣度が売上げに繋がっているのかと勘違いをしました。これからはこれなんだという話を何回もしました。当然社長は全体を見なくてはいけないので、うちは水道屋だ。お前がやっていることは自粛しなさいとプレッシャーがかかる訳です。そのプレッシャーに私がジッとしていれば今、こんな事にはなってないのかもしれませんが、圧力をかけられた分だけ飛び出すのが僕の性分だったりするので、会う度に喋る度に喧嘩をしておりました。

 30歳の時に辞めようと決意したのが社員旅行で長崎に行った時、坂本龍馬の書籍に「世の人は我を何とも言わば言え 我が成す事は我のみぞ知る」他人にどういうことを言われても自分の思うことは自分しか知らないという内容ですが、それを見た時に30歳だしやってみよう。40歳になって出ようと思ったら無理だ。多分この熱い気持ちはなえてしまうという気持ちも相まって31歳になる年、2008年10月に起業しました。するとリーマンショックやトヨタショック等とんでもない不況が後から追いかけてきてこんな状態でやっていけるのかなという不安もありましたがある先輩がこれ以上下がる事はないから、後は上がっていくだけなんだから丁度良いじゃないかと言われ、それもJCに誘って頂いた先輩でしたし、JCの仲間達にも助けられながら背中を押されながらこの8年間を過ごす事が出来ています。

 その中でJCの先輩達がしてきた事を見ながら私が20代に街づくりにも奔走しておりましたので25歳から30歳まで吉良のまちづくりに関わって来た流れもあったり、吉良まつりの実行委員になったり、今年からは西尾祇園祭の実行委員もさせて頂いたりと色々皆様方にお声掛けを頂き今があります。なかなか断りきらないのが自分の性分で、期待に答えたいという思いが強い方ではないかと思いまして、今こうして60代の理事長を引き受けさせて頂いております。

 ここで声を大にしてお伝えしたい事はこれから事業継承という事を皆様方は一番考えられておられると思いますが、このパラダイムシフトという事ととても関連しております。その時代に見ている意識の変化、一つの物の見える角度が違えば見え方が違う。同じ物でも見え方が違うということを言いたいのですが、一つの変化の現象をピンチと捉えるかチャンスと捉えるか。今まで経営の経験をされてきた方が見られる角度とこれから経営を担っていく者から見る角度では意見が一致しない事があると思います。

 それを大きな心でチャンスを若者に与えるという判断をして頂けるのであれば、我々若い世代の熱意が失われずに次の会社運営に繋がっていくのではないかと思いましてパラダイムシフトというお題を出させて頂きました。長くなりましたが私がみなさんと同じような歳になった時に今お伝えした事を自分にも伝えられるように日々努力して、今後も邁進して参りたいと思います。つたないお話でありましたが今日はお誘い頂きまして誠にありがとうございました。以上で西尾青年会議所理事長の卓話を終了させて頂きます。ありがとうございました。


各委員会報告

 

例会開始の点鐘 会長挨拶:磯貝会長 幹事報告:三浦幹事
出席・スマイル報告:鈴木君 司会進行:市川君 5月誕生日P贈呈会員
5月結婚記念日P贈呈会員 25周年実行委員会報告:辻村委員長 本日の昼食 さかえのうな丼

詳細はホームページをご覧下さい。 [http://kirara-rc.jp/kaihou.php]