第1197回 通常例会 「新入会員卓話」

開催日時 2016年11月18日 金曜日
開催場所 西尾信用金庫中央支店2階
合唱曲 R-O-T-A-R-Y
卓話者新入会員:西冨 拓也君  澤村 彰佑君
お客様
司会進行大山 勝男君

会長挨拶

 今日は我々のクラブの若手2人の卓話です。一人は30歳、そしてもう一人も40歳前半と、将来と云うより今でも我がクラブの宝であります。どうか本日は思いの丈を話して下さい。

 さて私は去る7月に会長挨拶で行政に要望をする手法として陳情・請願・住民投票条例制定要望などお話しましたが、高浜市で住民投票が実施されることになった様です。今月13日告示され明後日投票とのことです。問題は築後36年経過した公民館を壊して、改築予定の小学校体育館との複合施設を作り、跡地に病院建設計画であります。

「もったいない」「経費のムダ」との反対市民団体が有権者1/3以上の署名提出で実施される様になったものです。高浜市が常設型条例を定めてあるため、住民投票がスムーズに実施されますが、結果は諮問型即ち結果を行政が尊重することになるのです。50%以上の投票率のもとの結果が注目されています。

 西尾市もPFI実施に伴う監査請求が出されていますが、スムーズな行政運営を望んでいます。

出席報告
会員総数 出席免除者 本日の出席会員数 MU数 本日の出席率(%) 修正出席率(%)
57 33 44   89.80 100

スマイル委員会報告

【中根勝美会長】
 本日は待望の若手新会員の卓話です。楽しみにしていました。思いの丈を存分に話して下さい。よろしくお願いします。

【細川和好幹事】
 本日の会員卓話は西冨拓也君と澤村彰佑君をよく知る機会でもあります。両君の「とっておき」が楽しみです。

  (KIRARA俳句) 友を知り 友と別れる 冬の昼

【二宮誠二君】
 このたび、取締役会長を退き、ただの相談役になりました。時間がずいぶん出来ました。遊びのお声がけをお待ちしています。ただし、本日は法人会支部の催しの為、早退させていただきます。

【長谷収一君】
 私の例会出席は本日が最後となります。これまでみなさんには大変お世話になりました。ありがとうございました。

【青山弦八君】
 太高純治君ブルーインパルスの写真ありがとう。孫が大喜びでした。良い思い出ができました。スマイルします。

【岩瀬清彦君】
 西富君、澤村君、元気の出る話を期待しています。 追伸、妻の誕生日に花が届きました。忘れていた訳ではありませんが、・・・・。晩飯抜きにならずに済みました。ありがとうございました。

【西冨拓也君】
 本日は新人会員卓話をさせて頂きます。どうごよろしくお願いします。

【澤村彰佑君】
 今日は新人会員卓話です。不慣れですがお付き合い下さい。
 

卓話

新人会員:澤村彰佑(しょうた)君・西冨拓也くん (新人会員卓話)


新入会員の2名

澤村君卓話1

澤村君卓話2

西冨君卓話1

西冨君卓話2
             【澤村彰佑君】

 皆さんこんにちは。こちらキララロータリークラブに加入させて頂き、早いもので4ヶ月以上が経過しました。今日は新入会員卓話ということで自己紹介を中心にお話をさせて頂きたいと思います。

 まず僕の名前の由来ですが、この彰佑という名前つけてくれたのは両親ではなく知立市にある知立神社の神主さんがつけてくれました。弊社の創業者であります祖父が自分の文字を一文字入れて欲しいという思いから頼み込み、この名前がついたと聞きました。しかし生まれてから30年間、初対面の方に正しく読まれたことはありません。しょうすけ、あきすけと呼ばれることが殆どです。

 僕は生まれも育ちもここ、西尾市です。保育園・小学校・中学校・高校と西尾市から一度も出たことはありません。だからといってこの西尾市のことを何でも知っているかというと全然そんなことはなく、このキララロータリークラブに加入させて頂いた事で、今から少しでも西尾市の事を知りつつ、生まれ育った地域に恩返ししていけたら良いなと思っております。
 
 小・中・高校と部活動で特に目立った成績を残す訳でもなく、普通に地元の高校を卒業し、大学進学をせず10代最後の約1年間半を飲食店でフリーター生活を続けていました。今、この一年半を振り返ってみて、起きたい時に起き、腹が減ったら好きな物を食べ、残りの時間はバイト、パチンコ、競艇とかなり自由気ままな生活をしてきました。バイトの給料はパチンコや競艇に無くなったと言っても過言ではありません。

 ただこの一年半で生涯にとって非常に大切なものを見つけたのも事実です。それが仲間です。その仲間とは今でも頻繁に連絡を取り合ったり、年に何回か飲みに出かけたり、お互い本気でぶつかり合ったりと、それぞれ良い所も悪い所もさらけ出せる存在です。もう一つ見つけたのがギャンブルは適度に、楽しく遊びだという事を知り、今ではギャンブルで散財する事は無くなりました。

 このような生活をだらだらと続けていたのですが、20歳という区切りの年齢となるので正規に職に就こうという思いから家業である株式会社西野町モータースへの入社を試みました。しかし当時僕の祖父でもある社長に、お前なんかの来る所ではないと一喝され入社する事が出来ませんでした。自分の家だから直ぐに入れてもらえるという考えが甘過ぎました。その時すでにアルバイトもやめていた為、求人情報を片手に就職活動を行っていたのですが、なかなか行き先が決まらず1ヶ月、2ヶ月と家でふらふらしている僕を見かねて入社させて頂けたというのが僕の社会人の原点です。

 入社してからも度々会社の方針と僕の考えが合わず何度もぶつかり挫折したこともあります。そんな僕を二十歳の頃から支えていてくれたのが現在の妻です。妻とは中学校の頃のクラスメイトであり、高校は違いましたが成人式で再会した頃から交際が始まりました。交際4年目に相手の誕生日に男としての決断、プロポーズをパラオという島国での旅行中、クルージング最中にサプライズで行いました。なんとか二つ返事の素晴らしい返事を受け、5年間の交際期間を経て25歳の時に結婚しました。その翌年に1児の父となり、このタイミングで現在の代表取締役という立ち位置を与えられました。ダブルで重大な責任を負う立場になりました。妻と娘2人も今度のマリオットの家族クリスマス例会には参加させて頂こうと思うのでその時はよろしくお願い致します。

 僕が代表になったタイミングを機に各関係団体に出席する機会が増えてきた頃にキララのメンバーの堀田さんより入会の打診を受けておりました7月の入会の自己紹介でも少しお話しさせて頂きましたが、約2年間半ほど曖昧な返事ばかりをして入会をお断りしておりました。僕自身30歳の節目に、このタイミングでキララロータリークラブに入会させて頂こうと思いました。

 キララロータリークラブに入会させて頂いて、4ヶ月半程で沢山楽しく過ごせ、美味しいお酒の席にも声を掛けて頂き、今後も出来る限り参加して会員の皆様と少しずつでもお近づきになれたらと思います。キララの澤村と言ったら酒だというイメージにならない様に程々に飲みます。

 今から僕の職業分類でもありますタクシー事業についてお話しさせて頂こうと思います。このタクシーというのは電車やバスと一緒で地域における公共交通機関です。特にこのタクシーはdoor to door で電車やバスと違って少人数の輸送にも適しています。特に時刻表もなく、いつでもご用命頂ける点が優れている便利な交通手段です。弊社アイ・アイタクシーの営業区域は西尾市、碧南市、刈谷市、安城市、知立市、高浜市を営業区域とし事業活動を行っております。この営業区域での必要車両数というのか愛知陸運局から通達が出ており307台です。しかしながら355台の車両数が登録されており、数字上では供給過多の状態で、限られたパイを奪い合う構図になっております。その内弊社の所有台数が6台です。西尾駅西口と東口、西尾市民病院に1台、残りの3台は車庫待機にて常にお客様をお待ちしております。平日の午前中は高齢者のお買い物や通院でのご利用が多く、夜間、特に週末の夜は飲食店からのご用命で西尾市全域を走らせて頂いております。

 弊社がタクシー事業を始めて今年で11年目になります。この10年間、毎日毎日西尾市中を走り回っておりますので少しは周知して頂ける様になってきました。昨年1年間の実績では約49,000名ものお客様にご乗車頂けました。1日平均130名の方々の足となり、西へ東へ北へ南へと走っております。

 このタクシー業は乗車して頂いた時に始まり下車された時に終わるサービス業です。車庫待機や駅待ちという空車の時は何らサービスを提供出来てておりません。空車時でも行える事、それが地域防犯での貢献です。タクシーは他の公共交通機関と違って細い道でも入って行けるので、不審者や不審車両の発見、もしくは認知症の方や高齢者の徘徊にも目を配らせる事が出来るので、各関係団体とも協力することが出来ております。それを持って弊社のタクシーは地域の目となり足となりという思いの元、日々稼働させて頂いております。このように少しでも事業を通して地域に貢献、地域に奉仕出来れば良いのかなと考えております。

 最後になりますが、先輩会員の皆様からすると僕はまだまだ生まれたての子供にすぎないと思いますが、社業の発展、地域の発展、キララの発展に少しでも貢献していきたいと思っております。今は1週間に1度歌うロータリーの歌もかなり歌えるようになってきて、今からの3ヶ月の例会の100%出席を目指していきます。本日はどうもありがとうございました


               【西冨 拓也君】

 皆さんこんにちは。本日は例会の貴重なお時間を頂きありがとうございます。私も早いものでキララロータリークラブに入会させて頂き、約半年が過ぎようとしております。まだまだ皆様方に知って頂いていないと思います。今日は先日職業奉仕事業に行きまして東部中学校でお話をさせて頂きました。改めてこの機会に皆様に自己紹介として私の人となりをお話しできればと思います。

 現在は妻と大学1年生の息子、高校2年生の娘の4人暮らしで、西尾市の錦城町で生活をしております。幼少の頃は米津町に住んでおりましたので、米津小、鶴城中に通っておりました。小学校3年生の時に野球に出会い、硬式野球のチームに入りました。愛知衣浦リトルリーグという硬式野球のチームに入る事となり一生懸命野球をやっておりました。そこでは1年下に現在でも現役で活躍をしている中日の岩瀬仁紀が同じチームで汗を流し練習や試合をしておりました。同じ年ではイチローも一緒で、何回か対戦もさせて頂きました。

 中学校に入り毎日勉強や部活動に邁進していましたが、三年生になると高校の進路の時期がやって参ります。実は奈良県の天理高校にも野球で声がかかっており、色々悩んだ末地元の鶴城丘高校、昔の西尾実業高校から野球の推薦を頂いておりましたので私はそちらの方に進む事となりました。2年生からレギュラーで試合に出させて頂いておりました。一つ上に兄がおり、兄も同じ高校、同じ野球部に所属しておりました。私はレギュラーで出ておりましたが兄は補欠で、複雑な気持ちでやっていたのですが、兄が最後の夏、私がレフトで兄がライトの補欠だった時、ライトの選手が夏の大会中に盲腸になり、兄がライトで出る事になりました。その試合は負けてしまったのですが兄弟で両外野を守るという事で新聞に取り上げて頂き、私の高校野球の思い出となっております。

 高校野球も新チームとなり私はキャプテンになりましたがあっという間に3年のシーズンが終わりました。最後は東邦高校に負け、ベスト16で終わってしまいました。野球も終わり秋に差し掛かったある日、高校の野球部の監督に呼び出され、進路をどうするのかと問われました。私は就職を考えていたのですが、監督は地元の信用金庫から声が掛かっていると仰りました。高校時代は電子機械科という機械的な物を専門とする科に所属しておりましたので、溶接やプログラミング、ロボットを動かしたりとそんな事をやっていましたので、先はデンソーさんやアイシンAWさんの様な所に進もうと思っていたので正直畑違いの金融の道に進むのは抵抗があったのですがせっかく声を掛けて頂いたという思いもあり思い切って進む事にしました。

 西尾信用金庫に入庫して12年間仕事をしました。金融の知識や営業について先輩方に色々な形で教えて頂き、しかしながら毎日の仕事の中で充実した仕事をやってはいるのですが何か見えない敵と戦っていた事を今でも覚えております。誰にも負けたくないという根っからの負けず嫌いでしたので、何とか頑張っていこうというモチベーションを高くやっていたのですが、何でそこまでムキになって働いていたのかというと実は学歴でした。

 金融機関はとかく大学卒業、大卒が殆どで、私みたいに高校卒業、しかも男での高校卒業というのは本当にごく稀な事で、私を最後に高校卒業男子は取っていないと思います。そんな中で仕事しながらお客様ともお話をする中で、西冨くんはどこの大学を出ているんだという質問をされます。高卒ですと正直に言うことが本当に悔しく、後悔をしながらも恥ずかしかったという気持ちも抱いて毎日仕事をしていました。もちろん給料も同じ歳の大学卒業生とは基本給が違うので、そいつらには絶対負けないぞという気持ちで仕事をしておりました。

 がむしゃらに仕事をして30歳を迎えたある日、人生の中で30歳を迎えた時に何か変化をもたらしたいなという想いをずっと昔から思っており、そこで立ち止まって考えた訳です。声を掛けて頂いた事もありますが、違う金融も経験したいという思いが強くあり、昔のアリコジャパン今のメットライフ生命を選択して移る運びとなりました。

 ここに変わったには大きな理由があったのですが、実は2つ下に弟がいました。私が5歳の頃、3歳の弟が癌で亡くなりました。小さかった頃の記憶でしたが、毎晩毎晩、両親、特に母親がすすり泣く声が今でも鮮明に覚えております。癌の治療はもちろんお金も掛かりますし、今みたいな進んだ治療方法もございませんでした。進行も早かったという事もあり、満足した治療が出来なかったという事も後から聞きました。そういった記憶が背中を押し、スカウトも頂いていたので30歳を機会にこの生命保険という世界の門を叩ききました。少しでも両親の様に辛い思いをさせない為に、私が提供する保険という商品を少しでも皆さんに広めて満足した治療や多額な費用をカバー出来る様に、一家の大黒柱であるお父さんが亡くなった時に安心出来る。そういう設えが出来る様にという思いを強く持ち、仕事を続けて13年目を迎えております。お客様、会社、従業員の皆さんに安心をお届けするという事で仕事をさせて頂いております。

 今ではもっと多くの方に色々な事を知って頂こうと思い、この様な形で皆様の前に立ち、セミナー営業、マネーセミナー、相続セミナーの話をさせて頂いております。もう一つ私が影響を受けた物が青年会議所活動です。32歳に青年会議所に入会し8年間、2006年にJCに入会させて頂き、2010年には新入会員のメンバーを預かるアカデミー委員会の委員長をさせて頂きました。その委員会で会社の上司にあたる方にキララのメンバーであります神谷昭光さん。大変お世話になりました。

 仕事は一匹狼的に仕事をしておりましたが、この一年間仲間と沢山時間を過ごす事で信じ合う、私にとって経験した事のない凄く有り難い気持ちになりました。2012年青年会議所の専務理事という大役を仰せつかりました。理事長の一番の理解者、サポート役という役職ですが、それを指名してくれたのが青年会議所で同期に入社したメンバーでした。このキララのメンバーの杉田さんの息子、杉田武男という男でした。今の私があるのも彼のおかげと思える程の影響を受けました。素晴らしいリーダシップと勤勉さ、年齢は一つ下ですが本当に影響を受けて心底尊敬する人物です。

 激動の1年間の活動を彼と共にして、私は本当に素晴らしい経験を1年間駆け抜けた感覚があります。この専務理事を仰せつかった時に青年会議所の愛知ブロック協議会という所に委員長として西尾青年会議所から1名出せと言われ、色々困っていた時に1人の男に助けられました。これもキララのメンバーの石山さんの息子、石山勝範という男です。この男にも本当に助けられた1年でした。

 青年会議所の最後の年、幹事という役職を経験させて頂き、例会や理事会の最後に皆さんの前で所見という形で生意気にもお話をさせて頂く役職でした。全ての流れを汲み取って皆さんに私なりの意見を伝えるという役だったのですが、これが非常に考える機会を頂いたり、皆さんにどう伝えようという伝え方を勉強させて頂く一年でした。こんな経験があるからこそ今こうやって皆さんの前でお話をさせて頂く事が出来るのだと思っております。仕事の事も全てそうですし、昔鍛えられた野球での我慢強さや負けず嫌い、青年会議所で色々鍛えられた事や皆に支えられた事によって今があると思っています。

 経験に勝るものはないと私は強く思うのですが、今後も仕事や様々な活動を通して昨日の自分より少しでも超えれる今日を生きようをモットーに毎日過ごしております。凡事徹底という言葉が僕は凄い好きなのですが、当たり前の事を当たり前にやるのではなく、当たり前の事を他人には真似出来ない様にに一生懸命やる。これが一番難しい事だと自分では思っておりますし、今後生きてく上で本当に必要だなと思っておりますので、これは引き続き自分の中で約束事としてやっていきたいと思っております。

 中学校で先日お話しさせて頂いたしめで、皆さんに披露させて頂いたのですが、生きていれば本当に 苦しい事は沢山あると思います。これは受け売りなのですが、あるお笑い芸人がやってるもので機会があれば僕が披露しているのですが、困った事、苦しい事、災いは色々あると思うのですが、困難苦難災難という言葉があります。生きていれば色々な難が沢山あるはずです。でも皆さん無難な人生は生きていないと思います。だったらある人生でも良いじゃないか。難があるで有難い人生ということになります。僕は逆境やクレームが大好きです。難がある人生を送ってそういった学びを得て有り難い人生になっていくと思って毎日過ごしております。今後も色々な難が沢山あると思いますが、どんと来いという事で一生懸命やっていきますので今後とも引き続き皆さんお世話になります。ありがとうございました。


各委員会報告

会長挨拶:中根会長

幹事報告:細川幹事

出席報告:石山出席副委員長

スマイル発表:後藤委員

蕎麦同好会:清君

国際奉仕委員会:太田委員長

退会報告:長谷君

会長挨拶:中根会長 幹事報告:細川幹事 出席報告:石山出席副委員長
スマイル発表:後藤委員 蕎麦同好会助成金贈呈 国際奉仕委員会:
太田国際委員長
長谷君退会挨拶
23年間ありがとうございました。
長谷君退会挨拶2
寂しくなります。

詳細はホームページをご覧下さい。 [http://kirara-rc.jp/kaihou.php]