第1221回 通常例会「被災地派遣報告について」

開催日時 平成29年5月26日 金曜日
開催場所 西尾信用金庫中央支店2階
合唱曲 R-O-T-A-R-Y
卓話者西尾市建設部河川港湾課主任主査 青山 光 氏
お客様西尾市建設部長 渡辺之稔様  
司会進行丸目藤二君

会長挨拶

 こんにちは、本日は西尾市役所河川港湾課の青山光様に卓話にお越し頂きました。また建設部長の渡辺之稔様にもお越し頂き感謝申し上げます。ありがとうございます。西尾市は合併を重ね現在市域161k㎡ 人口17万人の中堅都市となりました。合併後は海岸線も多く、地震や津波対策には腐心されていると存じます。6年前の東日本大震災の津波到達面積は561k㎡と云われていますから、西尾市域の3.5倍の広範囲に津波が到達したすさまじいものでした。

 私も当時は公職中であり、岡崎市の消防隊が宮城県亘理地区に人命救助の出動をし、その後 行政応援もした関係から2度亘理地区に出向きました。悲惨なものでした。私と同業の亘理にあった自動車学校も被災し、7台のマイクロバスで避難したが内5台が津波に巻込まれ、死者行方不明者38名となった現況も見ました。本日は他人事でなく、心して卓話をお聞きしたいと思います。どうかよろしくお願い申し上げます。

 さて、先般も少しお話をしましたが、私共会員の辻村義之君が春の叙勲を受章されました。弁護士としての知識と経験を基に、西尾市の心配事相談員29年間、情報公開審査委員26年間、公平委員16年間等 西尾市民のためご尽力されたことが広く認められてのご受章と存じます。心から敬意と祝意を申し上げます。
これからも西尾市民そして我々会員のご指導を賜りたく思います。おめでとうございました。

出席報告
会員総数 出席免除者 本日の出席会員数 MU数 本日の出席率(%) 修正出席率(%)
57 31 43   87.76 100

スマイル委員会報告

【中根勝美会長】
 昨今、日本国民は防災減災の必要性を痛感しています。本日は市民の安全のためご尽力を頂いています、渡辺建設部長 港湾担当青山様にお越し頂きました。どうかよろしくお願い申し上げます。
 辻村義之君誠におめでとうございます。ご尽力ご実績が広く認められたことと存じます。これからもよろしくお願い申し上げます。

【細川和好幹事】
 西尾市建設部の青山光様、お忙しい中、震災復興の卓話をありがとうございます。
 辻村さん、旭日単光章の勲章、おめでとうございます。
 【KIRARA俳句】慶を領ち会う友麦の秋

【辻村義之君】
 小生、妻と一緒に皇居に行って来ました。とても良い思い出となりました。
みやげの叙勲まんじゅうをお持ち帰りください。これからもよろしくお願い致します。

【岩瀬清彦君】
 青山様、渡辺様、お忙しいところロータリー例会に来ていただき有難うございます。「災害支援」の卓話楽しみです。

卓話

被災地派遣報告について(西尾市建設部河川港湾課主査主任 青山光氏)


卓話者の紹介をする野口君

西尾市建設部長

渡辺建設部長 挨拶

卓話者の青山 光様

被災地派遣報告について

本日のお客様
 皆さんこんにちは。西尾市役所建築部の青山です。 まず七ヶ浜町がどこにあるかということですが、仙台の駅から車で海辺へ40分程行った所にあります。日本三景の松島がすぐ北にあります。そこへも車で30分位の海辺に面した町です。3方向を海に囲まれた地形です。住まいは七ヶ浜町が借りたレオパレスに住むという形です。赴任時はフェリーで仙台塩釜港へ行きました。家具付きのアパートですので家電製品等は揃っております。近くにスーパーやホームセンター等があり、生活するには特に苦労はしませんでした。

 赴任してすぐ、仙台市から多賀城市へ車で向かうのですが、5年経っているせいかあまり震災の面影は感じられませんでした。しばらく行くと東日本大震災の津波がここ迄でという看板が見えてきました。至る所にこの様な看板があり、現地へ行くとここまで津波が来たんだなという事を感じます。もちろん七ヶ浜町にもこの看板はあります。仙台空港から七ヶ浜町へ向う道路へは、七ヶ浜町から西尾市へ年に12回、出張扱いで帰って良い事になっておりますので、毎月1回市役所の方へ顔出しに帰るという形で帰りました。仙台空港へは車で40分位ですので、車で仙台空港迄行って帰ってきました。

 県道10号線、塩釜亘理線という道路があります。この通りは津波の映像でよく見る場所ですが、名取の閖上地区や仙台の荒浜地区がこの道路沿いにあります。閖上の記憶という事で資料館に行って写真を撮ってきました。震災前の写真では閖上漁港や家が凄く立ち並んでいたのですが、震災後の3月27日の写真では全く何もない状態になっております。小中学校も影響を受け、全部廃校になりました。私が行った時にはまだ小学校が残っておりましたが、今では壊されて区画整理を行っております。県道10号線ですが、かさ上げ予定断面ですが道路を高く上げて津波を防ごうという高さの断面です。堤防みたいな道路を作ってしまおうという計画をしております。かさ上げ高が6m、延長10キロを予定している事業です。

 これは千年希望の丘という所です。仙台空港の近くにこの施設があり、岩沼市の方に出来ております。千年先の子どもたちが笑顔で暮らせることを願ってこの施設を作ったそうです。仙台空港へは車で5分位の所です。立地的には空港近くで良い所なのですが、空港まで津波が来て、飛行機が流される位の津波が来て、周りの建物が何も無く、ここだけポツンと建物がある状態です。

 植栽は松の木が一杯植わっており、減災の観点から引き潮で人等が流されておりますので、それを防ぐ意味でも松の木が植えられております。ここは8メートルの津波が来たそうで、11mの避難が可能な様にこの様な丘を沢山設けております。千年希望の丘にはどうも20m位の丘があったようです。そこに逃げて助かったという方もみえるそうです。11mの丘を公園に沢山作ろうということでこの公園はやっているそうです。避難タワーは県道10号線沿いに沢山あります。近くは低い所が続いているので何か高い所という事で津波の非難タワーを建てております。

 七ヶ浜の津波浸水区域は、津波が右下から押し寄せた形になっております。七ヶ浜には避難タワーは作っておらず、街全体がお椀型になっていて、役場が高い位置にあるので、高い所に逃げて下さいという事で七ヶ浜では作っておりません。津波の第1波が65分後に来ており、地震が起きて津波警報が出た時にすぐに逃げれば津波に合わずに済むことになります。西尾市の場合も地震が起きて直ぐ高い所へ逃げて頂ければ大丈夫かと思います。

 これは塩釜の役場、水道庁舎、本庁舎です。私は建設課に配属されていたので水道庁舎の方に行っておりました。平成28年度は派遣職員が19人七ヶ浜に行っておりましたが、愛知県から12市16名派遣をされておりました。建設課の方には豊田市の方と常滑市の方と私の3人で、沢山の方が愛知県から七ヶ浜の方へ応援に来ております。七ヶ浜には復興ガイドがありますのでこれを基に話をさせて頂きます。

 私は道路維持管理でしたので復興の方には直接大きく関わってなかったのですが、私がやっている業務は舗装工事、防護柵の設置、区画線等の設置等を主にやっておりました。面積と人口世帯は西尾市よりもかなり小さく、1/10位の規模になります。町の中心が高台にあり、施設もここに集まっています。右の下の方から津波が押し寄せてきて、菖蒲田海水浴場があったのですが、そこにもの凄い高い波が来ております。12m程の波が来たという事で、3階建ての町営住宅の上まで津波が押し寄せてきております。今はこの施設は取り壊されてありません。私が行った時には綺麗な更地になっておりました。これは七ヶ浜の中学校の校舎です。耐震の話があった時に役場を優先して耐震を行ったので中学校が地震で全部壊れてしまったという事です。苦渋の選択だったと思うのですが、今では役場がつぶれてしまっては大変ですので良かったという話を聞きました。

 これが新しくなった七ヶ浜の新しい中学校です。27年3月に完成をしております。この時点では、まだ応急仮設住宅の青い屋根が中学校のグランドの方に並んでおります。仮設住宅は町内に7箇所ほど建てられておりました。設置箇所は当時の町長の判断で市の施設、運動場や小学校のグランド、公民館の駐車場等に建てられたようです。後々色々な所の施設の話を聞くと、市役所の持っている土地等で建てた方が良かった。今になり壊す段階になって、認知の方ともめることも他の市町で聞くものですから、官庁の土地に建てて良かったという話は聞きました。応急仮設住宅は29年3月31日をもって七ヶ浜では閉所しております。他の市町ではまだ残っている所もございます。

 震災の復興計画ですが、七ヶ浜町では長期総合計画、震災復興計画を立ててこれに基づいて計画をしております。七ヶ浜町という名前の通り7つの浜があり、そこのコミュニティーがしっかりしているものですから、そこを基に地域復興をしていこうと行っております。それぞれのコミュニティを大事にして復興をしております。土地利用法、レッドゾーン・イエローゾーン・ブルーゾーンと津波の浸水区域や高さ等によって土地の利用を制限しています。津波レベルに防災減災の考え方という事で、津波レベル1と2に分けて行っております。1の方は堤防等で耐えれる物をレベル1。レベル2は千年に1回位の大きな津波については逃げなさいという事です。レベル2においての建物ルールは津波が2m以上、2m未満、浸水なしという事で土地のルールを決め、そこに建てられる物を決めて物を作るようにしております。

 住宅復興支援で3つ程大きな柱があります。一番が災害公営住宅整備事業、住宅を整備していこうという事業です。防災集団移転促進事業、高台住宅団地整備事業とあります。高台を整備してここに移動しましょう。集団移転です。3番目に被災市街地復興土地区画整備事業。この3本柱で住宅復興を進めて参りました。各浜ごとに住宅施設の場所を作って、それぞれのコミュニティを大事にしながらやっていこうという事です。1番の災害公営住宅整備事業は5地区の212戸を整備をしました。町営住宅を整備しました。それぞれの地区でワークショップを行っており、それを基に建物を建てております。それぞれの地区がどのような建物が欲しいか、その要望を聞いて建物を建てました。これは高台住宅移転整備です。菖蒲田浜は一番高い津波が来た所なので、山を切り開き団地を作っております。復興土地区画整備という事で4区画26haの整備も行っております。海岸線を町の方で殆ど買い上げており、津波が来た所は建物は建てられないという制限を立てております。その買い上げた土地は殆ど公園になっております。

 水産業・農業の復興状況ですが、七ヶ浜は海苔が結構有名で、海苔の施設を作ったり、農業の回復・再生という事で補助整備を進めて水産業・農業についても回復していこうと進めております。公共整備ですが、保育所、教育センター、中学校等も完成しており、それぞれの地区に避難所という事で公民館的な物が整備され、これも完成をしております。また防災拠点施設という事で公民館になるのですが、これも補助を頂き整備をしております。

 津波は地震発生から65分後に来ております。それ迄に何が出来るのかという事が一番大事だと思います。七ヶ浜町の人も言っておりましたが、役場でも1時間弱で何が出来るのか、何が一番大事なのかを考えなくてはいけないと思います。

 ライフラインの状況ですが、電気・水道・ガス・電話は不通になってしまいます。順次回復はしていくのですがそういう物が何も無くなってしまった状況で何が出来るのかという事を考えて進めていく。防災を想定して対策を練る必要があるのではないかと思います。被災直後は職員も1週間程度は家にも帰れない事が続いた様で、休みが取れるようになったのは1ヶ月位後という事を聞いております。避難所や食料関係で大変だったという事を聞いております。

 七ヶ浜町に招又(まねきまた)という、以前地震があった時にここまで逃げれば大丈夫という所があり、そこにいて助かったという言い伝えがあった場所なのですが、今回の地震はここでも津波が来てしまったという事でここを町も一時避難所としていたのですが、津波が来て流された人もいたという事で、想定を超える波が来てしまったので一時避難と考えているよりも波が高かったという事です。

 最後になりますが、自分の命は自分で守るとしか言いようがありません。津波が来たらまず逃げて下さいという事です。去年11月22日にも向こうで地震があったのですが、震度5強の地震があって七ヶ浜町にも1m位の津波が来たみたいですが、早朝に地震があったのですが地元の人達は昼過ぎまで海の方へ寄って行きませんでした。それ位津波の怖さというのを知っていますので、まず逃げて下さい。その後助かった人達で助け合いましょうという事をやっておりました。また様々な災害をイメージしておいたほうが良いと思います。ライフラインは全てダメになると思って対策を色々立てた方が良いと思います。以上です。簡単ではございますが報告を終わります。

各種委員会報告

会長挨拶:中根勝美会長

幹事報告:細川和好幹事

出席報告:青山委員

スマイル発表:筒井委員
 各種お祝い・配偶者誕生日・結婚記念日・会員誕生日
職場例会案内:新海委員長

米山功労者表彰:新海雄二君

会長挨拶をする中根会長 幹事報告をする細川幹事 青山委員による出席報告
筒井委員によるスマイル発表 ご結婚記念日 会員誕生日
職場例会の案内をする新海委員長 第3回米山功労者表彰
新海 雄二君

「旭日単光章」受賞者 辻村義之君へお祝い

「旭日単光章」受賞お祝 受賞者の辻村義之君 受賞報告をする辻村君

詳細はホームページをご覧下さい。 [http://kirara-rc.jp/kaihou.php]