第1266回 通常例会「生き方」

開催日時 平成30年6月8日 金曜日
開催場所 西尾信用金庫中央支店2階
合唱曲 我等の生業
卓話者長圓寺住職 成河 貴之氏
お客様
司会進行犬塚万弘君

会長挨拶

 遂に、最終月となりました。本年度は世界大会に出席をしますので、19日が最終の例会となります。通年に比べ早く年度を閉めることとなります。気忙しさを感じているところです。

 2日に行いました、鶴城のジャズバンドと大人のジャズバンドのバトル、色々とご協力を頂きました。有難うございました。これで、ほぼ計画をしました事業を終えることが出来ました。今回のジャズバトル、企画から事前準備、出演者のお世話、照明、音響まで野口君一人でこなして頂きました。内容の大まかな説明は受けていましたが、正直なところ、イメージさえ出来ませんでした。演奏も最初から最後まで聞いていましたが、大人のほうが力強いところがあるなーくらいで、音楽のレベルを聞き分ける事は出来ませんでした。大人の演奏に触発をされて、高校生が見る見る内に変貌を遂げて行く、そんな光景も有ったのか、無かったのかそれも正直解りません。それでも、私の感想は、「やって良かった」と想っています。

 今年1年、次世代の育成を目的とした、事業を幾つか行ってきました。全てに共通する事に、これをやったから、これこれの成果を得られたと報告出来るものは、何もないと言う事です。やっても、やらなくても一緒だったかも知れません。ただ、何方でも1つや2つ、その後の人生を変えたと言う出来事、体験は持ってみえると想います。人によって、出来事はそれぞれ違います。

 我々の事業に参加をしてくれた中学生、高校生の中から、何年か後に、「KIRARAの事業に関わって、今の自分が有りますと」言ってくれる人が1人でも出てくれたらと願っています。そんな絵に描いた様な話しは無いかもしれませんが、やらないより、やって良かったと想っています。

 来週は一年を振り返って報告をさせて頂きます。

出席報告
会員総数 出席免除者 本日の出席会員数 MU数 本日の出席率(%) 修正出席率(%)
54 29 40   86.96 100

スマイル委員会報告

【酒井 進会長】
 最終月となりました。もう少しお付き合いください。

【高須 光幹事】
 長圓寺住職 成河様、本日は我々キララロータリーにお越しいただきありがとうございます。
我々にとって示唆に富んだ卓話楽しみにしております。

【伊藤則男君】
「ありがとう!!」
 わが女房から、ステキなバラをたくさん頂いたお礼の言葉です。
酒井会長のあたたかいメッセージにも感謝です。
 そしてKIRARA合唱団も福井で楽しい思い出をつくってきました。ありがとう!

【二宮誠二君】
 長圓寺住職 成河貴之(きし)さん、本日は卓話よろしくお願いします。
是非、長圓寺のPRをしっかりしてください。

【岡田義雄君】
 全国合唱祭で福井へ行って来ました。最後の懇親会はキララ合唱団の ”高校三年生”の大合唱で大盛り上がりでした!!

【加納 隆君】
 妻の誕生日にバラの花束を頂きました。毎年のことながら、妻も大変喜んでいました。
ありがとうございました。

【野口要二君】
 前回のコンサート
「おとなVS高校生ビッグバンドジャズバトル」が皆様方のご協力で無事に終了しました。
長時間お疲れさまでした。ありがとうございました。

【岩瀬清彦君】
とうとう、出席免除者になってしまいました。
正直、嬉しくないです。でも、スマイルします。

【杉浦加代君】
 5/30口腔外科にて手術をしまして顔が見れなくなるかと思いましたが無事成功しました。少しだけ見れる顔になりました。また頑張りますのでよろしくお願い致しま~す。

卓話

「生き方」(長圓寺住職 成河 貴之氏)


スピーカー紹介は二宮誠二君

長圓寺ご住職:成河 貴之氏

テーマは 「生き方」

自身の修行時代についても語られました
 ご紹介して頂きました、西尾市にある曹洞宗の長圓寺の成河 貴之(きし)と申します。貝吹町は西尾のデンソー工場の隣の地域です。名前の件に関してなんですけど、戸籍上は なりかわたかゆき といいます。お坊さんというのは人の名前を音読みで読むという習慣がございましてお坊さんとしては きし という呼び方でやっております。普段は たかゆき としてやって二つの名前があるということでお願いします。レジュメの方では、生き方ということになっておりますけど、お坊さんのお話としてはお堅い、ありがたいお話が多いということで、そういうのは大体ベテランの方がやっていただけますので、若手の私は若手ができる皆さんがおそらく知らないであろう永平寺での生活、どんなことをしてきたのか、どんな修行をしてきてそこからどういう事を学んだのかそういうことをお話ししたいとおもいます。また最後に長圓寺の宣伝をさせて頂ければと思いますので、よろしくお願い致します。お坊さんの話は堅いというのが一般なので、今回は気楽に聞いて頂ければと思いますので、最後の長圓寺の宣伝だけ真剣に聞いて頂ければと思います。

 まず私は昭和62年の1月に生まれましてその後は大学院を卒業するまではずっと大阪で育ってまいりました。両親も祖父母も代々大阪でして祖父の方は高炉を作っておりました。鉄工所の高炉ですね鉄を溶かす高炉を作っていたり 父方の祖母は大阪の松下電気で生産技術をやっておりましたし、父親は大阪市の方で電線を作っていると、代々この理系の家族でして、その家計を見て来て育ってきた私も将来は物作りするのが自分の役割だろうと薄々感じておりまして大学へ進んだときも金属の研究というものをしていました。鉄、ハガネ、銅、アルミ全般をやっておりましたけど、専門としてはステンレスの研究というものをしておりました。物作りをするにあたってはやはり材料は第一ですので、その材料を学んでいけば、どうにでもつぶしが利くんではないかと考えがあって大学では金属を学んでいましてやっていたんですけど、今はこんな格好になりました。

 就職活動の際どういう会社に勤めるか真剣に悩んでいたんですけど、そこの募集の欄に幹部自衛官の募集と言うのがございまして、ちょっと幹部自衛官というのは私の中ですごく気になりまして、いろいろ調べてみますと一般の大学院を卒業して自衛官になると昔でいう じゅうい というランクがあるんですけど幹部の昔でいう しかん ですね。しょうこうの じゅうい と言う階級に即なれるので、かなりお偉いさんなんですけど、自衛隊というのを調べていくうちにすごく興味をもちまして地元が大阪なんですぐ大阪の北にある京都のカツラという場所にカツラ駐屯地という陸上自衛隊の駐屯地がございましてそこでは日本全国の不発弾の処理をしている唯一の部隊がありまして、陸上自衛隊創立以降不発弾処理の失敗は一度もないという、素晴らしい爆弾処理の部隊がありまして、そこに強い憧れをもちまして、よし、幹部自衛官になろうと修士1年生のころに決心しまして、幹部自衛官のテストを受けました。一次試験に論文とそれから筆記試験がございました。ちょうど私が大学4年生のころに学生の売り手市場というのですかね、就職しやすい時期だったんですけど、その次の年にリーマンショックが置きまして、就職がホントにきついという時期でして、幹部自衛官の試験も倍率が20数倍と物すごい倍率のなっておりまして、でもなんとか一次試験は突破しまして最終試験まで進みまして最後は面接と身体測定がございました。面接はその幹部の自衛官との面接で身体測定というのが、視力、身長、体重、体に墨が入っていないかとかあらゆることを調べ上げるんですけど、自衛隊に入るにあたって規定がございまして、その中の1つ胸囲が78センチ以上あるというのが条件でありまして、測定当日私が測りましたら胸囲が77センチしかなかった。一センチ足りないということで不合格になってしまいまして、幹部自衛官の道は閉ざされました。幹部自衛官になれなかったんで、どうしようか悩んでいたら、学校の中に来ていた募集の一つに古川機械金属という昔の古川財閥の会社がございまして、縁があってそちらの企業に合格しまして平成23年から古川機械金属の社員として働く事になりました。

 古川機械金属はいろんな事業がございましてクレーン、ポンプ、科学、放射線の時に使う けっしょう を製造したりいろんな事業をやっておりますんで日本全国に事業所は沢山ございます。私はたまたまクレーンを開発設計する部署に配属になりましたので私は千葉県のさくら市と言う場所に配属になりました。こちらの方に古川機械金属で三年半働きました。その間たまたま知り合った、今の奥さんが御寺の長女と言うことで結婚するに当たってお寺さんを継ぐということで婿養子に入って現在に至っております。

 平成26年にこちらの同じ西尾市の みょうきじ様 さくまけいしょう様と言う方に弟子入りをしまして、お坊さんの第一歩を踏み出して結婚してから半年後に福井県にございます曹洞宗の大本山永平寺みなさん中には知っている方もいらっしゃるかと思います。そちらの永平寺へ修行に行くことになりました。お寺さんの住職になるには必ずどこかの道場で修行を一定期間行う必要がございます。私の長圓寺というお寺は、お寺の格が少し高いということで、修業期間も少し長く必要となっております。曹洞宗のお寺に限ってはお寺ごとにランクがございましてその中のランクによってまた大学卒業者なのか高校卒業者なのか駒沢大学出身者なのかそういったいろんなことが加味されて住職になる必要修行年月というのがございます。それが私の場合は2年半必要だということで福井県の永平寺へ2年半修行に行ってまいりました。

 修行といいましたら皆さんどんなことを想像されますかね?滝に打たれるだとか、熱い炭の上を渡るだとかそういう特殊な光景を思い浮かべるのが一般的だと思いますけども、曹洞宗の永平寺ではそういった特殊な事は一切しておりません。まず朝起きて歯を磨いて顔を洗ってその後座禅をしてその後永平寺の一番高い場所にある法堂というお堂の中で全員揃って朝のお勤めお経を唱えます。その後朝ごはんのおかゆを食べ掃除をして掃除が終わったら参拝者が来ますので参拝者のご案内をしたりそれぞれの仕事をしてその後お昼ご飯を食べてまた仕事をして夜になったら夕食が終ったあとは講義、仏教の勉強の様な講義があるんですけど講義をしたり、座禅、寝る時間までひたすら座禅をしたり、そういった座禅というものがあるだけで他に関しては、ごくごく普通の生活と言えるんですけど、その生活内容だけ聞けば特に厳しいとは思わなかったんですけど、実際に行ってみると想像を絶する世界でした。

 まず平成27年の2月16日に私は永平寺の目の前に じぞう院 という永平寺に上る前に一旦 じぞう院 と言うところで研修の様なものを二日間受けるんですけどまずそこへ行きます。じぞう院に着きますと木の板が置いてありましてそこの木の板に木づちで三回カンカンカンとたたいた後ずっと待ってますとおよそ十分後位に怖い顔をしたお寺さんとは思えないような、ものすごいごつい人が出て来まして 尊公(そんこう) は何をしに来たんだと問われます。まず、修業をしに来ました。と言われると修業とはなんだと聞かれます。わかりませんと答えます。知った風な口をして普段掃除だとか座禅だとかお経を唱えるだとかお寺の事を学ぶそういったことをしに来ましたなんていうと怒られますんで、わかりませんと言います。わからないのに何をしに来たんだと怒られます。そういう問答があるんですけど、なかなか入れてくれません。そこから30分くらい待ってからまた開いて、もう一回何をしにきたと問われて応えて、やっと入れてくれる感じです。中に入りますと永平寺の生活のルールをまず叩き込まれます。基本的には新しく入ってきた僧侶というのは、[はい。]か、[いいえ。]しか口にしません。また、一般世間では相手の目を見て話すのが当たり前だと教わるのですけど、お坊さんの世界では相手の目を見てはいけないのです。先輩の僧侶の目を見ると、目を見るなとものすごく怒られます。また何かあった時にこちらから言葉を話してはいけません。合掌をしてじっと待ってて先輩の方からどうしたと聞かれるまではひたすら合掌をして待っています。そういう日常生活ではありえない生活が永平寺では待っています。また、永平寺へのぼる じぞう院 という手前もそういう世界になっています。二日間そこで永平寺の基本的なルールを学びまして二日後いよいよ永平寺の さんもん へ行きます。この時生活に必要な道具、我々は座禅をしますんで、座禅をする際に ざふ という黒いクッションがあるんですけどそのクッションを持って、また必要な篭いっぱいの荷物、着替えの服等篭に詰め込んでそれを持って2月の16日でしたんで、後ろには雪が2メートルくらい積っている極寒の世界です。足は裸足でそこに藁で編んだわらじをはいて素足のまま永平寺の山門へ向かいました。山門にたってから朝に行きますんで朝の掃除、雑巾を持って永平寺の床をひたすら拭いていく修行僧が目の前を通り過ぎていくのをひたすら眺めて、そこでも同じように木の板が吊るされていますので三回コンコンコンと大きく音を鳴らして先輩の和尚さんが出てくるのを待っています。鳴らしても出てきません鳴らした後おそらく時計が無いので時間はわからないのですが1時間半か2時間くらいはその山門の前に裸足のまま雪にわらじ に溶けた雪が染み込んできますので足の感覚もないですし両腕は荷物を抱えたままですので腕の感覚も無くなります。そういった極限のなかで1時間半か二時間後やっと和尚さんが来てじぞう院と同じように尊公は何をしに来たと問答が始まります。修行しに来ました。こうこうこういう修行をしたいというと、それは永平寺でないと出来ないのか?と言われます。自分がお寺の息子だったら自分のお寺でも修行が出来るのではないのかといわれます。なんで永平寺で修行をしたいのか。その問いに答えるのがまず一つ目の試練がございます。私はその時は永平寺でしかできない修行がしたいからこの永平寺にきましたと答えました。正解というのはないんでそれぞれの方が自分の答えを探して、じぞう院での二日間で自分なりの答えを見つけて永平寺の山門でそういった受け答えをします。そのあと永平寺へ案内されまして修行僧の一番最初に配属される部署 しょうしゃ というんですけど、ここで2月半ばに入りましたんで5月まではその永平寺での基本的な一般ルールを学びつついろんな作法を学びつつ仮の修行僧として扱われます。この時は ざんどう と言われるのですけど ざんどう と言われる期間5月まで過ごします。
 
 永平寺の特殊なルールを少しご説明したいと思います。まずさっき言ったように新しくきた修行僧は、はいといいえ以外は言えない。また相手の目を見てはいけない。永平寺内修行僧はスリッパを履いているんですけど、このスリッパつま先をそろえてつま先を壁に向けて脱ぐというそういうルールがございます。日本全国の刑務所でも中で同じ作法をしております。刑務所内のルールっていうのは永平寺の作法をお手本にしていると言われております。またこの永平寺の掃除なんですけど朝のお勤めが終わって朝のご飯おかゆいっぱい食べた後即作務衣に着替えまして雑巾を持って、永平寺のありとあらゆる廊下、階段を下拭き雑巾で床を磨きます。永平寺は大体駒澤大学だったり愛知だと愛知学院大学を卒業したばかりのお寺さんの息子が多いのでだいたい20代前半22才とか23歳です。私の場合は28歳でのぼりましたんで少し差がありました。3年半社会人をしておりましたのでやはり体力的な差が少し有ります。非常に雑巾がけは苦しいものでしてそういう永平寺での生活厳しいんです。非常に朝も早くきついものがありますんで、大体は20代の修行僧しかいません。40を超えた修行僧が来てもたいていは1週間でリタイアしてしまいます。私は2月16日に登りましてその時は8人同じ日に登った仲間がおりました。

 まず じぞう院1日目の夜に1人抜けました。その8人の中から1人抜けました。7人で永平寺へのぼりまして、1週間後もう一人の修行僧が真夜中に永平寺からこっそりと抜けだしまして4日後に東京の浅草で見つかりました。朝永平寺では一番遅く起きる人で朝の三時半に起きます。修行僧が寝る時間は夜の10時半です。一番早く起きる人だと朝の1時半。これはもう夜ですけど、朝の一時半に起きます。ですので睡眠時間は長くても5時間有るかないか。くらいです。そういった生活が永遠とお山を下りるまで続きますんで、やはり今までの生活とは全く変わりますんで、耐えられない、体を壊す人が多いんで、永平寺は非常に若い修行僧しかいないということになります。

 私で28歳で行ったんですけど大学院生の頃に幹部自衛官を目指していたということだけあって夏休みの間に滋賀県にあります大津という場所に陸上自衛隊の駐屯地がございまして、私は予備自衛官として滋賀県の方の駐屯地で予備自衛官としてはたらいており長期休暇の時は予備自衛官をやっておりましたんで、自衛隊の生活と永平寺の生活どっちがきついんかなぁというような気持で永平寺へ上った記憶があります。結論としては永平寺の方が圧倒的に厳しいです。自衛隊ではご飯に関しては自分でよそって好きなだけ食べるということが出来るんですけども、永平寺では相手が渡してくれる分しか食べれませんし、朝ご飯はおかゆと漬物、ゴマ塩。この3つです。お昼御飯は白米、味噌汁、漬物、おかずが1品。夜はおかずが2品に増えます。お寺ですので精進料理ですので動物性のタンパク質は一切取ることが出来ませんのでタンパク質はほぼ豆腐、大豆しか摂取する手段はありませんので、またおかわりも白米しかできませんのでお腹のすく人は白米をひたすらおかわりしますんで永平寺にのぼって最初のころは脚気になる人は非常に多いです。1割から2割くらいは脚気になります。その中でひどい人はお山を下りて自宅療養になってしまうので大体永平寺で最初の1ヵ月を過ごすことが出来るのは残った8割~9割の人間。1割2割のは1ヵ月以内に脱落してしまいます。そういう非常に厳しい生活でしたけど、私の場合は特に脚気になることもなく無事に2年半過ごすことが出来ました。

 その中で2年半そういう生活をするんですけど永平寺もいろんな部署がございますんで私は永平寺の受付だったり参拝に来られる方のお世話をするホテルマンのような仕事をする部署だったり、朝と昼 法要がありますので法要を専門に行う部署そういった部所大体5つくらい2年半かけてまわりました。その中で一つ学んだことがあるとしたら今まで私が働いてた頃は毎週土曜日は百貨店に行きデパチカで自分の食べたいものを食べて自分の買いたいものを買って自由気ままな独身貴族みたいなことをしておりましたけど、永平寺に行ってからは食事すらまともに食べる時間がありませんので、非常に食べるのも早いんで満腹になるということがまずありません。ですのでキャベツを食べたときにこんなにキャベツは甘いものなんだと人参を食べたときに人参はこういう味なんだとホントのあじが恥ずかしながら永平寺に行って初めてわかりました。一般の社会で生活しておりますと基本的に好きな物を食べれますけどそうではない世界へ行った時は自分は今まで自分はどういった恵まれた生活をしてるのか初めてその時気付くことが出来ました。お恥ずかしい話で有りますが今まではそれが当たり前だと思っていたので、特に食べ物に頂きます。ごちそうさまを言いますけど心をこめて感謝をしていたかと言われるとそんなことはしていませんでした。習慣として頂きます。ありがとう。ごちそうさまでしたと言っていただけなんですけど、永平寺へいって初めて食べ物に対して頂きます。ごちそうさまでしたと感謝の言葉っていうのに初めて実感しました。お坊さんというのはこういう格好をしていれば一般の方からはお坊さんという目で見られますけどこれは単なるコスプレであってお坊さんというのは職業では無くて生き方であると修行中に感じる事がありました。

 もうすぐ私も子どもが半年後に生まれるんですけど、あなたは父親ですかと聞かれたときにはいそうですと答えても何の証拠にもならないです。戸籍を見せたってそれは単なる紙切れだと。あなたが父親だとどうやって証明するんだと言われたらそれは父が子どもに対する思いやりで有ったり子どもに対するしぐさであったりそういった自分の行動によって示すものであって、それもお坊さんも同じくこういう格好をしていればお坊さんというわけではなくて、お坊さんとしての振る舞いお坊さんとしての人との接し方お坊さんのまなざしそういうものができて初めてお坊さんであると自分でも言えますし、相手からも認められるとそういうことを修行が終わって改めて気付かされたと思いました。

 永平寺で修行するというのは、一般の方ではなかなか出来ない経験ですので、私も20代の頃にいけて当時はホントに嫌で嫌でしょうがなかったんですけど、厳しいという話は聞いていたので、嫌だなぁとは思っていたのですけど、今となっては人生の宝とこれは断言出来ます。永平寺での生活2年半でしたけど80くらいまで生きるとしたら2%3%くらい。そんな短い期間でありましたけどこれは一生の宝になるなと私は思いました。

このテーマ生き方というのでもうすぐお時間になってしまいますけど、話したんですけど最後に 長圓寺というお寺西尾市にございます、こちらのお寺の紹介を少しだけさせて頂きます。この長圓寺は江戸時代の京都所司代という役職にあった板倉かつしげという方を供養するためのお寺でございます。この京都所司代というのは今で言うと、内各官房長官にあたります。江戸幕府の力が京都にもしっかり及ぶようにと所司代という役職を設けて治安の維持を担当させていたそういう場所でございます。この板倉さんと言うのは裁判官の様なことのやっておりまして一つエピソードを申しますと、有るとき    が京都の町にやってきまして宿屋のご主人に宿を借りたいということで宿を借りたんですけどその宿屋の主人がみていい刀を持っているなということでその刀を私に貸してくれたら宿をかしてやるという話だった。一日くらいならいいですよと宿屋の主人に刀を貸しました。その宿屋の主人は非常に悪い人で、お代官様のところへ行って徳政令みたいなものなんですけど、貸し借りを無効にする法令を明日だしてくれと言いまして、そのお代官様も悪い人ですので、よっしゃええぞということで徳政令の様なものをだしました。そうすると宿屋の主人はこの刀は徳政令が出たから私の物だと   から大切にしていた刀を奪ってしまいます。  はそんなの納得いかずにこの板倉かつしげ公に訴え出ます。すると裁判になりましてこの訴えは有効か無効かとなります。この板倉かつしげさんは非常に農民の人だとかそういう階級の人にすごく親切にする農民思いの人だったのでこの貸し借りについてはしょうがないけど有効だと、この刀は宿屋の主人のものしかし宿屋の主人は    に宿を貸したのでこの宿は   の物だというような判例をだして無事に話はついたというエピソードがございます。そういう板倉かつしげという非常に市民思いの方のお寺です。このお寺は敷地たては非常に大きくて夏になると蛍だったりカメムシ正倉院にあるカメムシではなくタマムシは      ありますけど非常にきれいなタマムシもいますしカブトムシ、クワガタたくさんいます。小さい頃はちょうえん寺で遊んでいたという    さんがおおくて、今は非常に静かな所なんですけど自然にあふれた場所なのでもしお孫さんいらしましたら夏は長圓寺に来て虫取りをして頂ければと思います。
お時間になってしまいましたので、もっと詳しくお話ししたかったのですけど、今回は終わりにさせて頂きます。

各委員会報告

会長挨拶 : 酒井進会長

幹事報告 : 高須光幹事

出席報告 : 鈴木経男委員

スマイル発表 : 杉浦義利委員長
会員誕生日・配偶者誕生日・結婚記念日

夏の移動例会案内 : 秋山正純次年度親睦委員長他

ロータリー雑誌記事紹介 : 加納隆副委員長

四つのテストを唱和する
三浦職業奉仕委員長
残すところあと2回です
酒井会長挨拶
高須光幹事報告
鈴木経男委員による
出席報告
スマイル発表は
杉浦義利委員長
ご結婚記念日のお二方
次年度親睦委員
夏の家族移動例会について

詳細はホームページをご覧下さい。 [http://kirara-rc.jp/kaihou.php]