第1276回 通常例会「あれから7年東北への絆と愛着」

開催日時 平成30年8月31日
開催場所 西尾信用金庫中央支店2階
合唱曲 手に手つないで
卓話者公益財団法人 オイスカ 愛知県支部副会長 光岡保之 氏
お客様
司会進行三浦隆司君

会長挨拶

 9月17日(月)は敬老の日です。
楽しく有意義な老後を迎えるために、少し考えてみました。
 2025年には認知症患者は700万人を超えると見込まれ、65歳以上の5人に一人が認知症であるという事態に突入するといわれています。
認知症の20%が高血圧症、糖尿病、脳こうそくや脳出血だそうです。
一方でアルツハイマー型認知症の病気の芽は、ものわすれ症状発現の20年前にさかのぼるといわれています。
神経細胞が少しずつ破壊され、ものわすれが多くなってきます。脳細胞は年とともに減少し続けるといわれていますが、中高年になっても脳は使えば使うほど記憶の中枢である海馬で神経細胞が増殖し、
進化と成長をするそうです。
 人とよく会話し、おいしいものをよく噛んで味わい、好きなゴルフ、テニス、麻雀、将棋、そして音楽を楽しみ、運動機能と思考機能を大いに発揮させてロータリー活動を楽しみたいと思います。

出席報告
会員総数 出席免除者 本日の出席会員数 MU数 本日の出席率(%) 修正出席率(%)
54 30 36   76.60 100

スマイル委員会報告

【大須賀慶一会長】
 本日のゲストのオイスカ愛知県支部 副会長の光岡保之様、7年が過ぎ、忘れかけそうな東北の話、よろしくお聞かせ下さい。

【鈴木昭夫幹事】
 オイスカ愛知県支部副会長 光岡保之様、東北への絆と愛着、卓話よろしくお願い致します。

【中根勝美君】
 光岡様の多方面でのすばらしいご活躍を以前より見聞させて頂いていました。豊田市政の舵取り、そしてNPO法人を設立してのご活躍。自宅敷地開放しての茶会やバラ祭り。
 ご多忙の中お越し頂きありがとうございました。本日はよろしくお願い申し上げます。

【二宮誠二君】
 残暑厳しい日がつづいています。一時の涼を求め今週27(月)28(火)信州伊那に遠征ゴルフに出かけ、3度目のホールインワンを達成してしまいました。
ささやかですがスマイルします。

卓話

「あれから7年東北への絆と愛着」(公益財団法人 オイスカ 愛知県支部副会長 光岡保之 氏)


会場風景

卓話者紹介

光岡保之 氏
みなさんこんにちは。
只今紹介頂きました光岡保之といいます。
今日は西尾kiraraロータリーさんの例会にスピーカーとしてお招き頂き大変喜んでお邪魔させ頂いた次第でございます。

こちらに来まして早速暑い中、中根さんに温かいお迎をして頂きましたし、同じ年に青年会議所の理事長をさせて頂き、親しくして頂いていた杉田さんにもお会い出来て非常に嬉しく思っております。

 今日のタイトルは「あれから7年。東北への愛着と絆」というタイトルでお話をさせて頂きたいと思います。
NPO法人の紹介を少しお話しさせて頂きます。
このNPO法人は今から12年前に立ち上げをさせて頂きました。オイスカと連携をさせて頂いて常にオイスカと活動を共にしている団体で、地球環境の保全と国際交流の推進と言う事を柱に12年やっておりまして主に砂漠化防止活動ということで中国の内モンゴル自治区に6年間植林に行きました。その後、中央アジアのウズベキスタンに5年間植林へ行っております。ウズベキスタンは8月に行きますと気温が大体70度くらいあります。冬は-30度くらいで、冬が終わると夏が来る。夏が終わると冬が来るという事で春と秋がないんです。非常に住むには大変な所ですけど、そこへ毎年植林に行っております。
そういう活動を続けながらオイスカの活動としては30数年続けているところです。
 それで早速中身に入りたいと思いますけど、みなさんよくご存知の2011年3月11日に東日本大震災がある日突然起きました。これは津波直前の(  )植林の風景です。海があって松林があってという所ですけど、本当に穏やかでいい所が3月11日大地震そして津波が発生しまして大変な被害がでました。これがちょうど津波の時の写真です。想像を絶する津波でありました。これは、津波、大震災が終わった後です。仙台空港ですが実質は隣の名取市に仙台空港はあります。その周辺が非常に無残な状態になってしまいました。海岸林が全て無くなったという事でございます。
 私は趣味で長年バラを作っておりました。仕事ではないのですが2011年3月11日に大震災がおきた時に何か被災地のために出来る事はないかと突然思いつきまして、その年の5月に第一回チャリティーバラカフェと言うのをさせて頂きました。ちょうど5月の中旬にバラの見ごろの時期が来るのでその時に大勢の方にお越し頂き、そこでコーヒーだとかお抹茶だとかカレーライスだとか定食を提供させて頂いて、頂いた浄財を8月に、この時は陸前高田市へお渡しに行き3日間瓦礫拾いをさせて頂きました。
このバラカフェはそれから毎年やっておりまして、今年で8回目のバラカフェを終えました。今はコンサートも一緒にやっております。
 これが2011年8月でありましたので、まだ瓦礫がそのままの状態でありました。ちょうど陸前高田市の有名な一本松のすぐ隣の所で瓦礫拾いを3日間行いました。現地に着きまして、ボランティアセンターへ行きましてそこで指示に従い活動します。着いたところがちょうど一本松のすぐ隣でした。その時は一本松はまだ生きておりました。その後だんだん枯れてしまいました。この時にバス1台で行きましたので40人近い方と一緒になっていきました。そして現地で出来る事をさせて頂きました。主に瓦礫拾いです。
この時に一番印象に残ったことですが、3日間やるなかで一日目の作業夕方になり終わりまして宿舎へ帰ろうとバスに乗ったところで、バスの前に男性のお年寄りの方が見えました。そしてバスに向かって最敬礼をされたのです。全く思いがけない事でした。それを見たとたんに涙が止まらなかったです。一言も言葉を交わすことはなかったのですが、こちらへ来てよかったなと本当に思いました。ボランティアセンターでは何回も来てほしいと。瓦礫を片付けてほしいという事ではなく、自分たちのことを忘れないでほしいとこれを一番言われましたので、それを象徴してお年寄りの方がバスに向かって最敬礼をされたのかなと思います。
 40人くらいで行ったその中の一人がお寺はありますかと途中できかれました。お寺は行かないとわかりませんがたぶんありますよと言いましたら、現地に着いてもとにかくお寺に行きたいといわれました。よく聞くと自分の自宅で般若心経を書いてそれを持って見えた。
それを是非お寺へ備えたいといわれました。多くの方が無くなり、葬儀をあげているかたはいいけど行方不明のままであげていない方が多く見える。そういった人たちのために般若心経をとなえたいと思ってみえました。そのときもびっくりしましたし嬉しく思いました。
被災地の人たちの想いと言うのは本当に自分たちのことを忘れないでほしいから何回も何回も来てほしいと繰り返し言って見えました。現地へ行っていろんなエピソードもありましたけど、一つだけ紹介させて頂きます。陸前高田市のすぐ近く石巻市と言うところ。ここも大変被害があったのですけどこの地震にしろ津波にしろ物すごい被害で家が無くなってしまった。あるいは人が死んでしまったそういう家もたくさんあったのですが、自分の家は全く影響なかったとそういう津波が届かない高い所で被害が無かったかたがたまたま石巻市にみえて、そう人が75歳だったそうですが自分のあらゆる貯金をおろして使役をした。
自分の家の本当近くまではすごい被害だったが、自分の所は無傷だった。それでは申し訳ないということでそういう風にさせてもらった。そういう寄付が現地に行ってみる事が出来ました。
3.11桜ラインと言うのは、3.11に津波がここまで来たと海岸線一面にあるわけですけど、その津波が到達したところに何年か掛けて桜の木を植えていこうという企画です。これは市では無く現地のNPOがやっておられる活動のようでしたけど私たちもそれに協力するということで、豊田市に小原に四季桜と言うのがありそれを現地に送らせて頂いて桜の木を植えてもらいました。もし津波がまたきたらこの桜よりも上に逃げましょう。という意味でこの事業をやったそうです。
 今日一番のお話は東北の海岸林の再生のお話です。もともと仙台藩は、伊達正宗ですね。仙台藩は400年前くらいから海岸に黒松をずっと植えていました。なぜ黒松がこの海岸に植えられたかと言いますと、この仙台藩は東北でありますし非常に貧しい人が多かったので何とかもっと米を作れるようにしていきたい。どうしても米は水が無いと出来ませんので海岸に近い所、こういった所を開拓して米を作りたい。しかし米を作るのには海からの強い潮風があっては出来ないので、今は堤防が新しく出来ましたが、なかったころは黒松が一番の海岸林として地域を守ってくれる貴重な財産だということで伊達正宗の時代から黒松を植えてきたのですが、それが残念ながらあっという間に大震災で無くなってしまった。そこでオイスカが中心となって地元に働きかけをし、海岸林再生の会という会もでき、そこと連携をしました。オイスカでは吉田としみつさんと言う非常にがんばり屋の職員が見え、その方と連携をして海岸林を元通りにしていきましょうという活動が震災直後からすぐ始まりました。その震災の年から海岸林を再び蘇らせようと2011年に具体的に黒松の種をまいて苗畑を作りました。植林をするまでに2年かかるわけですが、これをオイスカと海岸林再生の会が中心となって2020年までに50万本植林をしていこうという目標をたてて、名取市の一体の海岸線へ海岸林再生と言う事で、これこそ世紀の大事業なんです。これを始めたわけです。実際の植林は2012年に蒔いた種が育って2014年の4月から植林を開始しました。植林そのものは地元の住民の方達のための御用対策というのもありまして海岸林再生の会が中心となって地元の人達で植林はされたようです。私たちは何をしたかと言うと、人間でもそうであるよう産んだだけでは子供は育たないのでそれから人間ですと20年かけて成人するまで親が愛情をもって育てて一人前の人間になっていくわけですけど、黒松でも植林をしただけでは育ちません。後の維持管理と言うのが非常に大変なのです。それはオイスカと地元の方が全国に呼び掛けてボランティアで後の管理作業。例えば草を取ったり、特につる草が非常に多くそういったものを私たちがいって除去する。あるいは水を切らないと水がたまって植えた苗が枯れてしまうことがありますので、そういった管理作業を中心に植えた年の2014年から私たちはオイスカの豊田の推進教育会のメンバーですけどそれからずっと行っております。
それから2020年までの目標が大体今年来年で達成できそう。植えた後とても成長しました。仙台空港のすぐそばです。今年行った作業ですが鶴まめの草がすごくそれを取らないと苗の上にかぶってしまい伸びようとする黒松が上に覆われてしまいそれをとる作業です。こういった作業を毎年続けています。私どもが海岸林の植林をしているのは名取市という仙台市のすぐ南側の市です。その名取市の南側に岩沼市という市がございます。名取市の方はオイスカと地元が一体となって全国からボランティアの方が見えてそこで管理作業をしているわけですが隣の岩沼市はそういうボランティアの方が入っておりませんので、植えたものがこういう状態になってしまうんです。鶴が植えた松の上に覆いかぶさってしまうと松はかれてしまいます。もう既にだいぶ枯れていました。今年はちょうど名取市と岩沼市の境界線の所で私ども作業しましたのでその違いが非常によくわかりました。こういう状態になりますとおそらく来年行くと、今は青い松の枝が見えますけどこれがおそらくかれていると思います。ですので、後の管理がいかに大切か比較してみると非常によくわかったところです。
植林は来年で大体終わるんですけど後の管理作業は松が大きくなっていずれ干ばつもしなければいけなくなるのですけど今から10年くらいは続くかと思っていますので、私たちオイスカ豊田推進委員会としてはずっと毎年名取市へ行ってこの活動を続けていきたいと思います。
この方が地元の海岸林再生の会の会長をして見える鈴木えいじさんという方の自宅です。この200メートルくらい先が海岸で津波の時は10メートル以上の津波が押し寄せまして、このお宅も水の中になってしまいました。非常に家が頑丈につくってありましたので一階部分は全部流れてしまったんですけど、2階はそのまま残りました。この鈴木さんに2つの奇跡がありました。玄関の隣にバラの木があり、それが3年前行ったときにちょうどそのバラが咲いていました。私と家内がそれを見て、これはストロベリーアイスというバラですねといいましたら、名前は知らないけどこれは津波の中でも生き残ったバラですといわれました。潮水の中でもいきのこったバラの生命力はすごいと思ったわけですが、翌年行きますと、バラに標識が立っておりまして、ストロベリーアイスさちこ(私の家内の名前)とネームプレートが立っておりました。
もう一つは、庭の池にメダカがたくさんいて震災後も生きていました。三月は寒い時期ですので土の中で潜っていたのかなと想像はされますけど、奇跡のメダカと言う事で、今仙台空港の駐車場を経営しており、その事務所の水槽に奇跡のメダカがずっと増やされて生きているということがあります。
そういう方が海岸林再生の会の会長という事でリーダーとして頑張っている。
私たちはいつも一緒に活動させてもらい豊田と名取の友情の絆は非常に強いものになってきました。去年は鈴木さんが私の家で毎年開催しておりますミュージックバラカフェに、仙台からわざわざ奥さんと一緒に駆けつけてくれたという事も絆の一つとして紹介させて頂きます。
こういった活動を私どもは続けておりますが、先程NPOの話をさせて頂きましたが、ウズベキスタンの話を少しさせて頂きたいと思います。中国の内モンゴルの大砂漠の中で6年間植林をしてきました。同じ木を今ウズベキスタンで植林をしております。それはハロキシロンという名前です。中国ではソウソウという呼び名です。ウズベキスタンではサウサオールとよんでおりますが、非常に砂漠に強い木で年間4,5回雨が降れば成長するという木です。それを植えておるんですけど、現地の人と特に子どもたちと一緒に植えております。
でも現地の人は植林と言う事だけではのってきません。緑が大切だと言えば分るのですがでは一緒に植林をしましょうというのには乗って来てくれないのですが、ハロキシロンという木は砂漠に強いだけではなく、もう一つすごく大きな特色があります。それは、植えて数年立つと土の中へ根がはっていきます、その土の中を掘り起こしてそこに漢方薬の菌を植え付けるのですそうしますとそこでまた2,3年たちますと非常に良質な漢方薬が取れるんです。これが国際的に高値で売れる。ということであります。日本でも鹿児島のはまだ酒造と言うところが、ハロキシロンの漢方薬を輸入しましてお酒を作っております。一番よく聞くのがこれを飲み続けると子供の無い人に子供ができる、という特色がありますし、子供が大きくなった方には滋養強壮、養命酒だとかいろんな漢方薬がありますけどそういったものよりうんと効能があるとそういう(りくじよう)という名前でいっておりますがそういう漢方薬がとれる。それが砂漠でとれるという事は先程少し言いましたが、ウズベキスタンというのは日本より面積的には1.2倍なんです。ちょっと広いわけです。しかし人口は3千万が切れます。それも大都市に大体集中しております。それで田舎はどんどん過疎化がすすんでいるわけです。そういう田舎で新しい産業と成りうるということで、ハロキシロンと言う木を植えて漢方薬を生産する。中国の内モンゴル地区ではそれが成功して今オイスカや私たちが行かなくてもどんどんそれを養産しております。そういう形ですので砂漠にやっぱり環境と言うのは人が住まなくては良くならない。環境を悪くしたのは人間ですけども良くするのも人間と言う事ですので、人が住まなくなってはますます荒れてしまうということがありますので砂漠に新しい産業を作りたいという気持ちで私たちはささやかな活動をしているところです。

各種委員会報告

会長挨拶 : 大須賀慶一会長

幹事報告 : 鈴木昭夫幹事

出席報告 : 名倉宗市朗君

スマイル発表 : 西富拓也君

第26回西尾KIRARA賞
候補者募集案内 : 丸目藤二君

同好会助成金授与 : 地理研同好会・俳句同好会

国際奉仕委員会
世界ロータリー案内 : 久恒治人君

会長挨拶 幹事報告 出席報告
スマイル発表 誕生日の方々 結婚記念日の方々
第26回西尾KIRARA賞
候補者募集案内
同好会助成金授与 世界ロータリー案内

詳細はホームページをご覧下さい。 [http://kirara-rc.jp/kaihou.php]